大日本サムライガール

政治結社日本大志会

エピソードの総文字数=4,633文字

 近くの児童公園まで避難した俺たちは、揃ってベンチに腰かけた。住宅街のなかに無理やり押し込んだような小公園には、遊んでいる子供もおらず、ひっそりしていた。

やだー、ストッキングが穴だらけ……。

 ベンチで子供のように足を伸ばした由佳里は、手に持っていた両靴を地面に投げ出し、みだらに破れ果てたストッキングを眺めた。

由佳里はタクシーで帰っていいぞ。それじゃ営業に同行できないだろう。

むしろ営業上、このくらいの方がインパクトないですか? どうしてこんな風になったのか語って聞かせるだけでも話題沸騰ですね。

だけどそれで、客前に出るわけにはいかないだろうよ。ちょっとエロい感じがするからな。

えー、ちっともエロくないですよ? 先輩がそういう目でみてるからじゃないですか。これを見たお客さんは、なんだか哀れで不憫に感じてくれて、つい仕事の発注量を増やしてあげたくなると思いますね。大丈夫ですって!

 由佳里はグッと拳を握り、親指を突き立てた。本人がいいのなら、まぁ良しとしよう。たしかに由佳里の言う通り、暴漢に襲われていた少女を救出したという事実は、営業での話のネタになるはずだ。
 俺たちの間にちょこんと座っていた少女が、俺と由佳里を交互に見やり、上目遣いで口にする。

助けてくれたんだな。ありがとう。

 そう言って、少女は大事そうに拡声器をギュッと抱え込んだ。
 こうして傍で見下ろすと、その美貌が一層引き立っていた。研ぎ澄まされた少女の造形には思わず息をのんでしまう。防衛省前で見た右翼的な演説と、目の前の容姿のギャップが噓のようだ。
 この見目姿なら、先ほどのようなストーカーに襲われるのも納得である。身構えているのに襲われない由佳里とは一味違う。
 実際、人間味がある由佳里の容姿と比べると、その美貌は格が違っている。仕事でテレビ局や撮影所に出入りしてモデルやタレントを見かける機会が少なくない俺でも、この子の容姿は群を抜いて見えた。

あんな場面を目撃すれば、助けないわけにはいかないからな。とにかく無事で良かった。

うーん……こうして間近で見ると……本当に可愛いらしいですね。お人形さんみたい。先輩が目をつけたのも頷けます。

こんな風に人から助けてもらったことなどないから、びっくりした。なんだかとても嬉しい……。

 俺は名刺を取り出した。話の成り行きによっては、この子に仕事を持ちかけようかと思ったのだ。

織葉颯斗だ。蒼通に勤めてる。ちょうどこの辺りに営業に来てたんだ。知ってる、蒼通?

蒼通くらい誰でも知ってる。そこまでバカにするな。

そうか、ゴメンゴメン。高校生くらいだと、世間の会社を知らない子も一杯いるからさ。

同じく蒼通、健城由佳里です。よろしくね。

 由佳里も続いて名刺を出した。
 少女は拡声器を置いて、俺たちの名刺を受け取った。しばらく俺たちの名刺を眺めていた少女は、制服のポケットから名刺ケースを取り出し、渡した名刺をしまい込む。
 名刺ケースを持っている高校生などまずいない。この子は何者なのだろう。
 そして少女は名刺をサッと二枚取り出し、俺たちに渡してきた。

神楽日毬だ。これからは日毬と呼んでくれ。政治結社日本大志会の総帥を務めている。高校二年生。自宅はこの近所なんだ。

 俺は名刺を受け取って、食い入るように見やった。

 俺は無表情で顔を上げた。どんな表情をすればいいのかわからない。
 目の前の美少女――神楽日毬は、俺を凝視しながら再び拡声器を取り上げ、それを強く抱きしめた。
――ええと……。どこから突っ込めばいいのだろうか……。
 冗談であることを期待したが、日毬は大真面目な視線を俺に向けていた。
 沈黙に耐えかねたのか、由佳里が名刺とは関係ないことを口にする。

日毬ちゃん、その拡声器……ずっと抱えているけど、大事なものなの?

これは私の大切な相棒だ。苦しいときも、辛いときも、ずっと一緒にやってきた。名前は『拡さん』と付けている。

そのまんまのネーミングじゃねえか。

助さんもいるわよね絶対。

ちょっと古びているが、これでも毎日ちゃんと掃除してあげてるんだぞ。こいつといると気持ちが落ち着くんだ。

 見たところ、拡声器はガタがきているようだった。ところどころ小さなヒビも入っていて、どことなく黒ずみ、使い古し感が半端ない。よほど使い込んできた証しだろう。
 いよいよ俺は、意を決して名刺のことを切り出してみる。

ところでさ……この政治結社って……マジなのか?

マジとはどういうことだ? 我が日本大志会は、きちんと東京都選挙管理委員会に届け出て、総務大臣の認可を得ているれっきとした政治団体だぞ。収支報告も欠かさず行い、万全の運営を行っているつもりだ。

そこまで言って日毬は顔を伏せ、寂しげに続ける。

……しかし残念だが、党員の獲得が思うように進まず、常に赤字だから困っている……。結社設立時に立てた計画では、本当は今ごろ党員三〇〇〇人に増えている予定だったんだが……誰も話を聞いてくれないんだ……。

じゃあ日毬のところの党員って、今、何人いるんだ?

……い、今は……まだ私一人しかいない……。だけどいずれ、みんなわかってくれる時が来ると思うんだ……きっと……。

…………。

…………。

 沈痛な面持ちの日毬がなんだか可哀想な気がして、俺と由佳里は黙って顔を見合わせた。その主張はあまりに右寄りで辟易するものの、日毬は日毬なりに真剣に違いない。一生懸命に取り組んでいるヤツこそ、相応に評価されてほしいと思うのは人情だろう。
 サッと日毬は顔を上げ、何かを期待するような表情で問いかけてくる。

お前たち、今の政治をどう思う?

唐突にそんな話を振られたってな……。うちの一族は自友党ができた時からずっと自友に献金してるし、俺も政治的には保守だがなぁ。

お前は?

私はその時の状況で……。

ダメだなお前らは。驚きだ。話にならん。非国民にもほどがあるぞ。現代に生きる我々は、いかなる者でも政治スタンスを持っていなくてはならない。危険な状況を救ってもらった義理はあれど、政治上の信念を譲ることはできん。

 キッと鋭い視線を俺に向け、日毬は断固として言い放つ。

日本は強くあらねばならない。だが今の政治ではまったくダメだ。根本から覆えさなくては。そのために私は日夜戦っている。

…………。

…………。

 再び俺と由佳里は押し黙った。どう答えろと言うのだろう。
 構わず日毬は演説調で続ける。

第一に、アメリカとは適度な距離を置くことだ。いつまでもアメリカの庇護下におかれていていいわけがない。牙を抜かれたまま、いいように振り回されるだけだ。現状のままではアメリカと共に沈んでしまうだろう。今こそ日本はアメリカの支配から脱し、独自のポジションを打ち立てるべきだ。我が国にはその力がある。貴公はそう思わないか?

右翼ならアメリカ支持だと思ったが……。

ふん、ずいぶん短絡的だな。そんなヤツらは偽者だ。大方、アメリカからお金でも貢いでもらっているのだろう。真の右翼は、日本に私ただ一人である。

日毬は毅然と断言し、言葉にさらに力を込める。

第二に、中共とは対決も辞さない姿勢で外交交渉を持つことだ。そういう覚悟があってこそ、初めてまともな交渉ができるようになる。アジアに両雄は必要ない。いずれ中国とは雌雄を決することになるだろう。自衛隊のさらなる強化は必須のことだ。

その両雄ってヤツは、ぜひとも中国とインドにしておいてもらいたいところだな。日本はアジアのスイス的な――

軟弱者! だからお前はダメなんだ!

 唐突に日毬が俺の言葉を遮り、目を見開いて叫んだので、俺はいささか驚いた。自分より年下の美少女に叱り飛ばされるなんて、なかなか想像できるシチュエーションではない。

領土拡張も辞さず。権力者ならば、そのくらいの心意気で外交交渉に当たるべきだろう。

領土……拡張……。

真の右翼は、領土拡張をいつでも夢見るものなのだ。私の言う領土とは、何も土地のことだけではない。未だ日本人にあらざる者たちに対し、大和心を広めていくことが、誠の領土拡張というものだろう。

極右を突き抜けてるだろ……どうしてこうなった……。

我が国の未来にとって、核武装は必要不可欠なことになる。もちろん軍事力の裏付けとなる経済力の強化、そして財政の健全化も急がねばならん。何もかも、今すぐに取り組まねば……。早く、一日でも早く、強い政権を創り上げることが重要だ。ならばこそ、我が日本大志会は、日本権力の頂点に立つ高潔なる意志がある。

そ、そうなのかぁ。

色んな意味で難易度が高すぎです……。

 俺と由佳里は愕然としているだけだったが、ふいに日毬は感極まったような表情になり、ポツリと口にする。

初めてだ……。

え?

初めてなんだ。出会った人と、こうして政治を語り合うなんて……。私は今、猛烈に感動している。どんなに街頭で語ってもダメだったのに……。

 そう言いながら、日毬は感に堪えない様子で俺たちを見やってきた。日毬の政治活動に取り組む姿勢は、正真正銘、本物であるようだ。
 俺は思想的には、エドマンド・バークを源流とする新保守主義的な方向を良しとしている。近年ではフリードリヒ・ハイエクあたりの流れだろう。自国の伝統に自信を持ち、社会を守るためならば武器を取ることも厭わず、一方で現実に向き合えるように旧来のシステムを見直し、グローバルな自由貿易を促進し、断続的な革新を試みるという政治思想だ。都市在住の一般的なホワイトカラーの考えを代表したようなものだろう。
 それと比べれば、日毬の主張は、行き過ぎな部分があまりに多い。しかし保守という観点から見れば、一概に「俺とは違う」と切って捨てきれないところもあった。

街頭演説、どのくらいの間、続けていたんだ? 二週間くらいか?

一年だ。私は一年間、学校が終わったあと、雨の日も風の日も雷の日も、一日も休まず拡さんと一緒に演説を続け……こうして話を聞いてくれる人は、ただの一人もいなかった。

近所迷惑パねぇ……。もしかして生活にも困ったりしているのか?

そんなことはない。家で三食食べさせてもらえている。でも、私はいつでも金欠だ。政治活動費はいくらあってもすぐになくなってしまう。

日毬は瞳を輝かせて俺を見やってきた。

日本大志会では党員を募集している。こうして出会った縁は大切にしたい。お前たちには、是非とも入党してもらえると私はとても嬉しい。本当は会費を毎月三〇〇〇円と決めていたんだが、お前たちならそんなものはいらないぞ。

悪いな。さすがに右翼団体の党員にはなれない。だけど、せっかくだから三〇〇〇円、カンパしておくよ。なんか面白かったし、多少は応援してやりたい気持ちもあるからな。

 俺はスーツから財布を出し、札を引き抜く。そして三〇〇〇円を日毬へと押し付けた。
 すると日毬の手は震え、宝物を受け取るように両手で札を包み込んで受け取った。

ほ、本当の本当に……いいのか……?

 俺を見上げる日毬の目は涙ぐんでいた。まさか三〇〇〇円で、ここまで感じ入ってもらえるとは想像の範囲外である。

どうしたってんだ? 何も泣くことないだろう。

生まれて初めて党費を貰うことができたんだ……。嬉しくないわけがあるか……。この幸運を、一億三〇〇〇万すべての日本国民と共に分かち合いたい……。これは大切に党費として処理する……。きっと今、日本大志会の第一歩が始まった瞬間なんだと思う。織葉颯斗……ありがとう……。

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