ペイガニズムの倫理と資本主義の精神 ――浪人ですが東インド会社に就職しました――

3-2. 僕のちんちんが爆発しました

エピソードの総文字数=7,860文字

 爆発した。文字通り爆発した。爆発四散した。

 伊織介の男性器は、破裂してバラバラに飛び散った。赤い飛沫になった微かな肉片が四方に飛び散って、あたりを汚した。

「……どうしてこうなった」

 そう言ったのは、憮然とした表情で仁王立ちする四十代ほどの髭面男――リチャードソンである。

 当の伊織介本人はといえば、部屋の隅で蹲って泣いていた。もはや言葉を発する気力は消え失せていた。同じ男性の立場からリチャードソンが伊織介の言葉を代弁してくれることだけが救いだった。

「どうしてこうなったのか、と聞いているのである」

 半ば呆れ果てた口調で詰問するリチャードソンの前に正座させられているのは、ル=ウとフランの魔女二人組。そう、正座であった。
 腰に二本の名刀――男性器の比喩ではなく、文字通りの――を差し、私室に「雲雨巫山」と書かれた掛け軸をすら飾っているリチャードソンは、説教の際には正座させることを好む。

 ここはリチャードソンの私室の隣、本来は作戦会議等に用いられる士官室(ワードルーム)。その手狭な床に正座させられ、ル=ウとフランは悶えながら俯いている。

「……わ、(わたくし)だって! (わたくし)だって、日本人の奴隷に命令とかしてみたかったのですわ!」
 先に口を開いたのはフランだった。両手をぶんぶん振るうジェスチャーがいちいち大袈裟だ。
「嘘をつけ! お前、イオリの男性器(モノ)尻穴(ケツ)に挿れようとしていただろうが!」
 ル=ウがフランに反論する。フランとは対照的に、既に脚が痺れているのか細かく震えて首一つ動かそうとしない。
「違っ、違いますわ! 確かに興味はありますが! いえそうではなくて! (わたくし)もその指揮棒を使って、そこら辺の水夫(ゴロツキ)と決闘させたり、鮫のいる海域を泳がせたり、竜骨潜りをさせたりしてみたかっただけですわ!」
 ……洒落にならない話題に、伊織介はいっそう縮こまる。
「これは指揮棒じゃないんだよ、アホ! だいたい命令がしたけりゃ、自分で奴隷を調達しろ!」
「いいじゃありませんか、減るものでも無しに!」
「お前に貸したら絶対に尻穴(ケツ)に挿して、永久に取れなくなるだろ!」
「はぁーん!? (わたくし)の括約筋を舐めないで頂きたいですわね? 甘蕉(バナナ)は元よりキャロット(ニンジン)程度ならば、バラバラに圧し折り砕いてくれますわ!!」
「今は尻穴(ケツ)の締まりの話はしてないんだよバカ!! この尻穴直結(アナル)修道女(シスター)!」

「だまらっしゃい」
リチャードソンがぴしゃりと一喝。

「はい」「はい……」
 ル=ウとフランが一瞬で萎びて大人しくなる。

 ――二人の言い分を総合すると。

 ル=ウの所持する伊織介の男性器をフランが欲しがったことに端を発し、男性器の奪い合いが発生。腕力に勝るフランがル=ウの手から男性器を奪い取り、焦ったル=ウが緊急用の男性器自爆呪文を発動。

 本来は伊織介の逃亡防止用に用意された筈の自爆呪文であったが、奇しくもこのようなタイミングで発動してしまった……というのが、どうも今回の顛末らしい。

(どうして――どうしてこんなひどいことに)

 伊織介は心で泣いた。本当のところは言えば物理的にも泣いていたが、男の子なので涙は頑張って隠していた――悲しいことに、その男性器(おとこのこ)が今は無い訳だが。

(今朝は。今朝は平和だった筈なんだ。今朝は)

 伊織介は現実逃避の代わりに、穏やかな朝のことを思い出していた――。


     * * *


 伊織介が目を覚ますと、そこはル=ウの私室、ベッドの上だった。

 ル=ウの姿は見えない。しかしいつの間にか、破けた衣服は新品のものに着替えさせられている。相変わらず着慣れない洋物の上衣(ダブレット)だが、卸したての麻の香りが心地よい。黒く輝く革製のベルトには鞘吊りが付属していて、小太刀の鞘を通せるようになっている。
 枕元には、綺麗に整備された小太刀が置かれていた。刃を抜いて確かめてみると、血脂も丁寧に拭き取られていて、先日化物退治に使ったものとは一見して信じられないほどだ。

(……意外と気を遣ってくれてるのかもしれない)

 奴隷だ、わたしのものだなどと繰り返し恫喝してくるル=ウだったが、こういう細やかさには感じ入る。それだけで主人(ル=ウ)のことを、ちょっとだけ認めてしまう。
 己の単純さを自嘲しながら、伊織介は辺りを見回した。――最初にル=ウと出会った、散らかり放題のル=ウの小屋によく似ている。怪しげな獣骨や、小さなミイラ。様々な信仰の書物や、明らかに魔術書と思しき異様な書物など、その品揃えは瓜二つだ。もともと綺麗好きな性分である伊織介は、奴隷の身分として主人の部屋を片付けることも吝かではない。とはいえ、部屋の主が居ない。勝手に触るのも気が引ける。

(ル=ウに会おう。話はそれからだ)

 さしあたり、主人を探すことに決めた。伊織介が意識を失う前の直近の記憶は――ちょっと気恥ずかしいが――ル=ウに血を吸われたものだけだ。奴隷としてああしろ、こうしろといった具体的な命令は受けていない。
 主人の居ぬ間くらいゆっくりと休んでいれば良いものを、妙に生真面目なところがある。伊織介は小太刀を腰に据えて、何度か具合を確かめてから、部屋の扉を開けた。

 扉を開けると――眩い光が目に飛び込んでくる。次いで、雲一つない、澄み渡る空。そして陽の光を受けて青く輝く海。

 海だ。さらに言えば……伊織介は、己の立つ大地が、微かに――きわめてゆっくりと――傾いでいるような感覚に気付く。
 おまけに、伊織介の視点は随分と高い(・・・・・)。海面は遥か下、目測だが十間(10メートル)はくだらないだろう。

「わぁ――」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 伊織介が立っていたのは、船の上――立派な白い帆を持つ、西欧(ヨーロッパ)式帆船の船尾楼だった。

 船尾楼(プープデッキ)とは、船の後部に位置する一段高くなった部分のことだ。必然的に、甲板の様子も遠くの景色もまとめて一望できる。本来そこは、船長やそれに類する役職者しか立ち入る事を許されない、最高の景色が確保された指揮所であった。
 船は全ての帆が畳まれていて、遠浅の沖合に停泊している。西に目を向ければ、激戦を繰り広げたマスリパトナムの港が見えた。海岸線には砂浜が広がり、海は濃い青色をしている。

「おお……イオリノスケ、だったか。目が覚めたのであるな」

 船尾楼の一段下――上甲板(アッパーデッキ)から声をかけたのは、ビール腹で髭面の大男、東インド会社のリチャードソンであった。

「あ、えっと、おはようございます……?」
「そう畏まらずとも良い。二日程眠っていたのである、困惑もしよう」
「二日……」
 馬來鬼(ペナンガラン)と戦って倒れ、翌日はル=ウに血を吸われて倒れ二日。随分と長く眠ってしまったものだ。
「来給え、イオリノスケ。お嬢(ル=ウ)に捕まる前にちょっと我輩の朝昼飯(ブランチ)に付き合うのである」

 結局、伊織介はあっという間に上甲板の奥側、士官室(ワードルーム)のさらに奥にある船長室に連れ込まれてしまった。

メリメント(バカ騒ぎ)号という。艦齢は二十を数える老婦人(おばあちゃま)だが、まだまだ東インド最速の名は捨てておらぬ」
 リチャードソンは言いながら、立派な椅子にどっかりと腰を下ろした。机の上にはパンと葡萄酒(ワイン)、それに伊織介には見慣れない赤茶色の煮物(ダール)が既に準備されている。
 伊織介は、リチャードソンが船の話をしたことに暫く気付かなかった。そういえば、西欧(ヨーロッパ)人は船をしばしば女性に例える。
「我輩がこの(ふね)艦長(キャプテン)、リチャード・A・リチャードソンである。所属はスーラト護衛艦隊である、書類上はな。事実上は――」
 言いながら、リチャードソンは手元のグラスに葡萄酒(ワイン)をなみなみと注いだ。

「――魔女の戦艦(いくさぶね)だ。ようこそ、魔女団(カヴン)(あし)へ。メリメント号は貴君(きみ)を歓迎する」

 髭を撫でながら、神妙な顔で伊織介に(グラス)を勧めるリチャードソン。
「まぁ座り給えよ。なに、我輩は魔女と違って、貴君(きみ)を食い物にしたりはせぬよ。魔女の下僕に手を出す勇気も無い」
 すぐに破顔して、リチャードソンは声を上げて大笑いした。いかつい見た目と裏腹に、表情のころころと変わる、奇妙な印象の男だった。


     * * *


 それからしばらく、伊織介はリチャードソンの世間話に付き合わされた。
 どうやらこの男、本当に単純に〝話好き〟であるらしい。飯に付き合え、というのも本気のようだった。しきりにパンとスープ、それに煮物(ダール)を勧めてくるので、伊織介は遠慮がちに頂いた。豆の煮物(ダール)は現地の香辛料(スパイス)で煮込まれていて、辛さに舌がヒリヒリしたが、とても美味だった。

 リチャードソンは実に話題の豊富な男だった。
「我輩、一時は日本の商館に勤めていたこともあるのだ。かのイェーヤス(家康)公にも、接見したことがあるのだぞ」
「見給え、イオリノスケ。これはミノォー(美濃)が名工、ムラマサの作とされる逸品である。日本人ならこの美しさが解るであろう?」
「日本人の茶は素晴らしい。だがな、こうして砂糖を加えればもっと美味いのである。これぞ和洋折衷(ハイブリッド)である。イオリノスケも飲み給え」

 等など――数々の日本通アピールに始まり、やがて話題は伊織介の身の上話に移っていく。

「……弟が、優秀だったんです。僕は邪魔者だったのです。だから僕は、家を捨てて」
「ほう。日本でも、多くは長男が家を継ぐものと聞く。それは辛かったであろうな……」
「放浪の内に、宣教師の人に会ったんです」
「ふむ。日本には多くの旧教(カトリック)が出張っておるでな」
「はい。それで、宣教師の人が……僕に、こんな僕でも、『生きていて良い』って言ってくれて……」
「そうか。自分を見失っていたのであるな」
「はい……。だから、僕も神様のことを知りたくなって。南蛮(イスパニア)に行けば勉強できると聞いて、船を探したんですけど」
「ははぁ、ヒラト(平戸)には悪徳宣教師も多いであるからな。そこで乗せてくれる船を見つけた結果、奴隷船だった訳であるな」
「そうなんです! 気付けばオランダの奴隷になっていました」

 ――後で気付いたことだが。リチャードソンは油断のならない商売人だ。彼が日本好きの英国(イングランド)人であることは本当だろうが、これも彼なりの話術だとすれば、伊織介は既にすっかりこの魅力的(チャーミング)な大男の手のひらの上だった。

「今も、イオリノスケは信仰の道を探しているのかね?」
「は……はい! 神様のことも、教えも、よくわかりませんが……」
 リチャードソンは聞きながらグラスを空けた。いくら飲んでも顔色が変わる様子は無い。

「……僕は、天国に行きたいのです。僕が知っているような、あの世や、極楽とは少し違うところと聞きました。僕は、そこに行ってみたいのです」

 伊織介は大真面目に言った。しかし、意外にもリチャードソンは眉をへの字に曲げていた。

「あー……手っ取り早く信者を増やしたい宣教師にコロッと騙されちゃったパターンであるか……」

「え……?」
 目を白黒させる伊織介を前に、リチャードソンは襟を正して言葉を続ける。
「大昔にも『真面目に祈れば救って貰える』と考えた一派がいたのであるがな。イエスは、そもそもそれを否定したのだ」
「祈れば……救われるのでは、ないのですか」
 伊織介は身を乗り出して問う。宣教師は、ただ祈ることしか教えてくれなかった。確かに伊織介は、キリスト教のことなど何も分からない。教わったのは祈ること、ただそれだけだ。なのに、それの何がいけないのか。

「そもそもであるな? 『神』……いや、ここで言う『神』とは君らの言うヤオヨロズ的な『神』とは明確に異なるのだが。とにかく『神』はな、取引をしない(・・・・・・)のである」
「取引……?」
「そうである。祈れば天国に連れてってもらえる。善行を積めば天国に連れてってもらえる。そんなものは愚かな人間の弱さが生み出した幻想である」

 リチャードソンは言葉をそこで一旦、言葉を区切る。目を閉じて、再びゆっくりと開いた。

「いや。我輩の言えた義理ではないかも知れぬがな。いや、ハッハッハッハ。イオリノスケがあまりにも熱心なのでつい熱弁を振るってしまった。失礼したのである。食事はここまで。早速であるが、これよりは我がメリメント号を案内しようではないか!」

 リチャードソンは大仰な動作で立ち上がった。

 艦長直々によるメリメント号の案内――実に心躍る。伊織介だって武家の生まれ、立派な戦艦(いくさぶね)に心ときめかない筈もない。信仰の話は途中で誤魔化されてしまったが、奴隷の身分であるにも関わらず、こんな厚遇があって良いものか。伊織介はすっかり気分が良くなって、リチャードソンに着いていこうとした。

 ――そのときである。甲板の下の方から、爆発音が轟いた。

 それは、ル=ウが伊織介の男性器の爆破呪文を起動した瞬間だった。

「イ、イオリノスケェェェェーッ!?」

 股間を抑えて倒れ込む伊織介、その尋常ではない様子に驚嘆するリチャードソン。しかし悲しいかな、彼に出来ることなどある筈もない。
 伊織介は、自身の男性器が破裂するというおぞましい感触を味わったまま、泡を吹いて失神した。


     * * *


 ――以上が、伊織介にとっての幸福な朝の記憶である。より正確には、失意のどん底を迎えるまでの幸福な記憶、であるが。

 ル=ウの気遣いを感じる目覚め。リチャードソンの巧みな会話術。どれも気持ちの良い思い出だ。
 しかし今は、喪失感で胸がいっぱいになる。この世に唯一の、自身の男性器が失われてしまったのだ。

「で、どうするのかね、お嬢(ル=ウ)貴君(きみ)の魔術で、もう一本作れたりはしないのかね。このままではイオリノスケが不便であろう」
 リチャードソンが正座したままのル=ウを見下ろして、声をかける。
「……できないことはない」
「本当ですの!?」
 ル=ウのぶっきらぼうな答えに、真っ先に目を輝かせたのはフランだった。
「なんでお前が喜ぶんだよ。……男性器(アレ)はな、流石にもともとわたしには無いものだ。作るのには膨大な手間と時間がかかる」
「具体的には、どれくらいであるか?」
一月(ひとつき)か、半年か……難しいんだ。わたしには生えないものだから、そう簡単に出来るものじゃない」
「そうであるか……」
 リチャードソンが哀れみの視線を伊織介に向けた。太い眉毛が悲しげに垂れ下がっている。

「――だが、実はもう一本ある」

 言って、ル=ウが外套(マント)の下から取り出したものは、竿状の肉棒。
 それは少しだけ浅黒く、少しだけ大きさを増したように見えるが――確かに、伊織介の男性器だった。
 
「こんなこともあろうかと予備を保存しておいたのだ! 先に作った試作品(プロトタイプ)だがな!」
「す、すごいですわ! ねぇ! それ、それ早速貸してくださいな!」
「だァめに決まっているだろうが! お前は絶ッ対に尻穴(ケツ)に挿れようとする!!」
「先っちょだけ! 先っちょだけですわ!」

「だまらっしゃい」
リチャードソンがぴしゃりと一喝。

「はい」「はい……」
 再びヒートアップしかけたル=ウとフランが一瞬で萎びて大人しくなる。

「さて、イオリノスケ。予備の――いや予備ってなんであるか。本当に魔女というヤツは――ともかく代わりの竿(モノ)は見つかった」
「……はい」
 伊織介は、首肯できる程度には元気を取り戻した。いや、リチャードソンの言うとおり、予備がある等という状況自体があまりにも理解不能だが、とにかく、男性器はそこにあるのだ。安心感が違う。

お嬢(ル=ウ)には二度と軽率にイオリノスケの竿(モノ)を破壊しないよう約束して貰うとして……此度の沙汰(・・)は如何とする」
「沙汰……ですか」
「落とし前、とも言うな」
 リチャードソンは鋭い目でル=ウを睨みつける。
「……イオリはわたしの奴隷なのに。なんでわたしが怒られなきゃいけないんだ」
「この(ふね)は我輩の(ふね)である! 艦上の諍い(トラブル)は我輩の預かりとの契約(・・)の筈、何か文句でも!?」
「文句は、ない……」
 リチャードソンが猫科を思わせるギョロ目を光らせて凄むと、ル=ウはばつが悪そうに縮こまった。伊織介にして見れば、主人(ル=ウ)の意外な一面を見れたようで、ちょっとだけ可笑しかった。いや、一度は男性器を破壊されているのだから、笑い事ではないのだが。

「さてどうするイオリノスケよ。お嬢(ル=ウ)は我輩の(ふね)で、イオリノスケを傷つけたのだ。艦上での流血沙汰は重罪である。相応の罰を与えねばなるまい」
「……」
 ル=ウが不機嫌そうに目を逸らす。存外、リチャードソンは艦上の規則には厳しいと見えた。いや、(ふね)というものは、そもそもがそういうものなのかもしれない。数十人が共同で生活しながら息を合わせて船を動かす……そんな中では、規則(ルール)というものは確かに生命線なのだろう。
「鞭打ちか、甲板拘束か……裸で艦首像に縛り付ける、というのも手もあろうな」
 リチャードソンが恐ろしい選択肢を挙げた。ル=ウは気丈に胸を張っているが、目線はちらちらと不安げに伊織介に向けられていた。

「……せっかくですが、思いつきません。ここは〝貸し〟ということで治めて頂けませんか」

 本心だった。慣れない人間にとって、長時間の正座がどれほどの苦痛になるか、伊織介はよく知っている。既にル=ウもフランもずっと正座させられている。充分に罰は与えられたと、正直に思った。

「……イオリノスケがそう言うのならば、それで良かろうな。確かに面白い。お嬢よ、貴君(きみ)は己の奴隷に借りができたようだぞ?」
 リチャードソンが腹を抱えてくつくつと笑った。先程までは大きな目玉をぎょろつかせて凄んでいたのに、もうこれである。本当に表情がころころと変わる男だった。
 対照的に、ル=ウは少し悔しそうに、恥ずかしそうに歯噛みしていた。――主人のそんな表情が拝めただけでも、伊織介にとっては悪くない沙汰(・・)だった。

「さて、これで恨みっこなしである。では仕事の話に入ろうではないか」
 リチャードソンが赤い制服の内側から、何かを大事そうに取り出した。如何にも高級そうな羊皮紙で、赤文字でE.I.C.と書かれた印が入っている。

「お嬢。魔女団(カヴン)に依頼である。英国(East)インド(India)会社(Campany)から――正式な依頼(オファー)である」

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