地球革命アイドル学部

ビッグバンプロジェクト(2)

エピソードの総文字数=4,049文字

 俺は生徒会室にやってきていた。

 普段は、ほとんど寄り付いたことがない。生徒会活動など大して興味はないし、実際のところ特別なことを何かしているわけでもないだろう。

 俺はノックする前に息を吸い込んだ。教師といえども緊張する。

 丁寧に、しっかり間を取ってノックをし、おそるおそるドアを開けた。

失礼しまーす……。

 生徒会室に入ると、一人の女生徒が、机に突っ伏して寝ているところだった。

 目的の生徒会長――3年の桜丈菜月(おうじょうなつき)だ。

 菜月は3年生で有数の秀才で、皆が憧れる美人だった。この高校で才色兼備と言えば、誰もがいの一番に菜月の名前を挙げることだろう。だが俺は、この生徒会長からいつも上から目線で見られているようでなんだか怖い。普段から俺は邪見にされる対象で、まったく相手にされていないせいなのだが……。

あ゛?

 菜月は面倒くさそうに顔を上げた。ヨダレも垂れているようだった。いかな美貌の持ち主とはいえ、人に見られていないときの女子なんてこんなものなのだろう。

ちょっといいかな?

 ひたすら恐縮しながら俺は確認した。

 菜月は俺に焦点を合わせたかと思うと、すぐさま再び突っ伏して寝てしまった。

 ヨダレを拭きもしなかったということは、俺は人間として見られていないということだ。犬みたいなものか。

あのー、桜丈くんさ……。重大な話があるんだけど。
 10秒ほど待ったが、何の反応もない。
たぶん、君にとって良い話かもしれないぞ。たぶんだけど……。
 尚も反応がない菜月に、俺はこわごわ声を掛ける。
もしもーし……。本当に少しでいいので、お話を聞いていただけないでしょうか……?
 菜月は起き上がりざま、バンとテーブルに手を打ちつけて俺を睨みつけてくる。
あー、うっさいし、うざい! 何なの!?

 ようやく菜月はヨダレを振り払った。別に俺に見せるのがはしたないと思ったわけではなく、単に本人の感覚の事情にすぎないだろう。

桜丈くんも忙しいだろうから単刀直入に言う。アイドルになるつもりはないか?

死んで。

 生徒から、面と向かって「死んで」呼ばわりされるのは斬新だ。だが、生徒たちからすっかりハブられている俺にとってはそんなに珍しいことでもない。実際のところ学校内においては、生徒たちからも教師たちからも、菜月のほうが人望がある。無礼な言葉遣いに対し、俺が叱るような関係性でもないし、俺のほうも余計な人間関係を抱えるのはゴメンだった。

 思い返せば自分とて、学生時代には先生たちにあだ名をつけ、バカにしていたのは日常風景だった。それが回りまわって今があり、とくに生徒たちからも敬遠されている俺となれば、しょせんはこんな扱いにもなるのだろう。

校長の指示でさ、うちの高校にアイドル学部を作ることになったんだ。ビッグバンらしい。それで、普通科や理数科からアイドル学部に移ってくれる女子を探してる。

バッカみたい。超アタマわるそ~。
 菜月の言葉には、俺も全面的に同意である。反論できないので、アプローチの方向性を変えてみる。
生徒会長として、西条女子高校を救う気はないか?
ない。
即答かよ。俺の問いかけの理由を聞くつもりさえないの?
興味なし。
 菜月はこれ以上ないほど端的に答え続けていた。一秒でも早く俺に去ってほしいという雰囲気がにじんでいた。

ズバリ言うが、桜丈くんは美人だし、人前に立っても堂々としている。アイドルとして相応しいんじゃないかって思うんだよな。

あのさぁ……。アンタみたいに胡散臭い教師から『アイドルにならないか』って誘われて、『はい、わかりました』なんて生徒が存在すると思うのかな?

胡散臭いかな? 注意するよ。

自分で自分がおかしいところ気づかないの? 学校の駐車場にキャンピングカーで寝泊まりしてたり、ちょっと危険人物すぎるでしょ。女子高なんだよ、ここ。

さすがにそれは事実じゃない。たまたま俺が持ってる車が軽トラックを改造した小型のキャンピングカーで、それで通勤していたら、生徒たちが勝手に『俺が駐車場に住んでる』って噂するようになっただけさ。まぁ生徒が教師をそうやって小馬鹿にすることを、別に叱ったりするつもりはないが。

それ突っ込みどころ満載でしょ。持ってる車がキャンピングカーってのもおかしいし、それで通勤するのもおかしい。

通勤してるだけでそこまで言われちゃ敵わない。もともと小型の軽トラックなんだから、別に通勤に使ったっていいじゃないか。

だいたい何でキャンピングカーなんて持ってんのよ。

なるべく早くリタイアして、いつかキャンピングカーを乗り回してのんびり暮らそうかなって思ってるだけさ。

何そのホームレス。

ホームレスみたいなものであることは認める。仕方ない。教師や職場の限界も身に染みて感じてるしな。そもそも俺は非常勤教員だから、いつ辞めさせられたっておかしくない立場なのさ。大人の事情ってことで許してくれ。

ますます色々おかしいわね。いつ辞めるともしらない非常勤教員が、わけのわからないアイドル学部とかいう場所に移る生徒を求めてる。

それも大人の事情ってことなんだろうな。
開き直りカッコ悪い、死ね。

無様な姿を隠すつもりはないからな。大人の事情のなかでしか生きられない悲惨な俺を嘲笑ってくれ。切腹して果てる勇気もないのさ。

あはは……。本当に哀れな感じで逆におかしいよね。なんだ……話してみれば、意外と普通じゃん。
 ふと菜月は、素直な表情になってくれたような印象があった。俺がこうして一人の生徒と向き合うことは普段は珍しい。
それで、アイドル学部ってマジな話?
俺も困惑しているが本当だ。校長の指示でな。うちの校長は色々アレなところはあるが、実行力だけはある人だ。

うちの校長さ、言うこと為すこと軽いんだよね。校長を見てると、なんか恥が歩いてるって気がするのよ。男ってのは右往左往せず、ずっしり構えているべきものじゃないの? 見透かされてるってことがわからないのかな?

 極めて真実をついている。毒舌なのがキツいところだが。
俺が桜丈くんのその問いかけをはぐらかさざるを得ないのは、これも大人の事情だと思ってくれ。
かわいそ~な大人。
 菜月の言葉に大きくうなずきながら、俺は自分を指さして言い切る。
ここが、哀れな男が行きついた奈落の底だ。お先真っ暗な人生さ。
で、なんで校長はアイドル学部を作ろうなんてバカげたことを言いだしてるわけ?

去年実施した入試時に、いきなり西条女子高校は倍率1倍を下回る事態になった。理由はハッキリしてる。君だって、うちの高校が空手無双だと連呼されているニュースの一つや二つは見てるよな?

まぁね。

高校にとっては危険な状況になってしまった。女子高のイメージからかけ離れてしまってな。それを中和するために、校長はアイドル学部に全力を尽くそうと考えているらしい。

バカすぎ死んで。アイドル学部なんて作ったって、うまくアイドルになれるわけないでしょうよ。発想がお子様なのかな?

うちにはアイドル歴のある浅倉先生がいるだろう。校長はだいぶ期待しているようだ。

浅倉先生ね……。なんか、昔のアイドル歴とかを少しも鼻にかけてないところが、逆にムカつく。

何にでもムカつくんだな。
微妙に人間が出来てて、イラっとくるのよ。

ははは。まさに浅倉先生は、その手の女子たちの野心がギラギラが燃え滾る芸能界から逃げ出してきたみたいたぞ。君の真っすぐストレートな毒舌ぶりは、アイドルとしてかなり武器になるんじゃないかって思えるな。

お断りよ。いっそ、高校不人気の問題の根源を創り出した九道姉妹にアイドルの話を振ったほうがいいんじゃないの。ある意味ですでに武道界ホープとして有名なんだから、話題にもなるでしょ。

それが話題になったら逆にマズくないか。無双の印象を振り払いたいのに、当の無双を積極アピールしたらアベコベだろう。

毒を喰らわばって知らないの?
俺は知ってるけど、校長が知ってるのかどうかは知らんな。
そんな言葉も知らないうちの校長は早く死んだほうがいいわよね。
俺もそう思う。
はい、お言葉頂きました。校長に報告しとく。

え……!? ま、待ってくれ!

今のは君に同意しただけでだな……! いやその、同意って言うのは知らないかもって部分で、死んでくれってところじゃ!?

俺は西条女子高校が好きだ、教師や生徒の皆さまのことを尊敬すしぎて俺のなかで大変なことになっている、校長結婚してくれ、俺は校長を愛しているんだーーーーーーーーー!

 ありったけの情熱を込めて俺は愛を訴えた。菜月は手を叩いて爆笑する。

あははははは! マジで慌てふためいちゃってるよ。バッカみたい。そんなどうでもいいことで誰かを痛めつけて私になんの得があるのかな。そもそも私が言った言葉に同意しただけだし。

な、なんだよ……。君は意地悪だなぁ……。
でも、これ以上、私をアイドルに勧誘しようとすれば冗談じゃ済まないわよ。本当に興味ないの。

わかった、素直に諦めるよ……。こんな話を聞いてくれてありがとうな。校長に報告をするときに、『才色兼備の生徒会長を勧誘してみました』って言えれば、いちおう俺も仕事したって事実にはなるしな。

本当に驚くほどカッコ悪いわよね、そういう姿勢。
大人の事情がすべて悪い。俺のせいじゃねえ!
うっわ、カッコ悪さ100倍増し。

そんな自分に憎しみすら感じるよ。自殺しないように注意する。

あはは! ちゃんと自覚があるなら生きてていいよ別に、端っこのほうでね。とにかく私に当たっても無駄だから。さよならよ。

承知いたしました! 桜丈くん、こんな大人の事情まみれのゴミ虫のお話をお聞きくださり、本当にありがとうございました!

 居住まいを正した俺は、菜月を見据えると、軍人よろしく90度の頭を下げた。しばらくその姿勢を保っているとさすがに腰が痛くなってきたので、姿勢を戻した俺は生徒会室をすごすごと後にした。

 ドアを閉めるとき、菜月が楽しげに手を振り、微笑んでくれていることに少しだけ気分が安らいだ。

ページトップへ