ブラの名前

エピソードの総文字数=4,896文字

「えええええーーーー!」
「どうするんですかああ!」
「一大事じゃないですか!チーフ!」
 翌朝のヴィクトリー・ファッション社のプロジェクトチームは、案の上大騒ぎであった。
「昨日、突然会社を休みにするみたいな連絡があった時から、イヤな予感しかしなかったのよー」
「でも、まさかミカエルが盗まれるなんて」
「きっと、ニンフ社の仕業よ。最近あいつらあたしたちを目の敵にしてるもの」
「いやーん。でも怖いわ。誰かがここに侵入してるってことでしょ?」
 もうそれは、ピーチクパーチク騒々しいったらありゃしない。いい匂いがする妙齢の女子が10名以上も集まっているのだから、これは必然である当然であるのだが、いっこうに話が進まないものだから、める子もややキレ気味ではある。

「……まあ、大騒ぎになるのも仕方ないけど、なんせあと6日しかないの。あたしはあたしでミカエル奪還に全力を尽くすけど、バックアップとしてみんなにはミカエルを再現してほしいのよ。型紙もない、資料もない。全部盗まれちゃったけど、記憶とみんなの能力でそれを乗り越えてほしいと思ってるわ」
 なかなか格好いい仕切りをするなあ、と端で見ている気楽も感心するほど、める子のリーダーとしての姿は見直すべきだった。
「あ、それから、窃盗事件ということで刑事さんにも来てもらってるから。こちら、捜査一課の三浦刑事よ」
「どうも、警察のほうから来た三浦です。今日はみなさんに、少し話を聞かせてもらう時間も取りますが、協力のほどを」
 気楽なりに、刑事らしく演じてみせる。
 あくまでも警察の方から来ただけなので、ウソは言っていないつもりである。読者諸君も気をつけてほしいが、『消防署の方から来た』とか『銀行の方から来た』とか言ってやってくる奴はたいていそっちの方角からやって来ただけで、詐欺師なので話を聞かないほうがいい。
 しかしまあ、これはこれでなかなか面白い体験である。幸いなことに、京都のマニアックな学問をしている助教授のことなんぜ、世間では誰も知らないのだから、素性がバレる恐れは全くといっていいほどなさそうだ。
「あの、指紋とか出てるんですか?ロッカーも封鎖されてるし、あたしたち近寄れないってことですか?」
 ギクリ。指紋とか出てるかどうか、そんなことは気楽にもわからない。
「え、ま、まあそこらへんのことは、捜査上の秘密なので話せません。一応現場は封鎖してあるので、みなさんは必要なければ近づかないでいただきたい」
 なんとか、ごまかす。ふう、刑事役も慣れるには時間がかかりそうだ。
「状況としては、資料から何から、型紙はもちろん、モデルさんにつけてもらう試作品まですっかり盗まれたわ。気づいたのは昨日の早朝。昨日一日をかけて、実況検分をしてもらってあるのでそっちの結果はまた出るでしょう。あ、でも警察沙汰になってるなんて、社外で言っちゃだめよ。刑事さんたちにも、うちの会社のマイナスイメージがつかないよう、箝口令をお願いしているんだから」
 はい!とみんな可愛らしい声で頷いた。年の頃は20代の女子が多いと見える。ふだん女学生を毎日相手にしている気楽から見ても、やっぱり東京のファッション最前線で働く女性は、ひと味違う華やかな感じがするというものだ。
「よし、じゃあ仕事にかかりましょう。なんとしてもキタコレ、成功させるんだからね!」
 えいえいおう、と戦国時代の武将たちのように結束しているいいチームのように見える。気楽が観察者として見ている限りでは、この中の誰かが裏切っているとは感じられないようなメンバーの雰囲気であった。

 メンバーはめる子を入れて12名。今回の事件に関わりがあるとし江社長も入れれば、ちょうどイエスと12人の使徒の関係のようでもある。
「やれやれ、裏切り者のユダ探しってわけか」
 忙しく動き始めたメンバーの様子を見ながら、気楽はめる子から預かった一人一人の履歴書などの資料に目を通していた。もちろん、全員が社内の人間というわけではなく、外部のデザイナーが契約でメンバーになっている者もいる。
「もし、他社に買収でもされているのなら、全員に可能性があるし、全員に動機があってもおかしくない」
 それを疑い出せば、きりがない。だからこその、「犯人しか知り得ない情報」が気がかりだ。
 この子たちの中で、どういう目的かは知らないが、聖書を使ってメッセージを発しようとしたものがいれば、それはどういう事情があったというのだろう。
 少なくとも、キリスト教についてどこまで彼女たちが関わりがあるのか、それとも全くないのか、あるいは関わりがあってもそれをごまかそうとするのか。そのあたりは神学部助教授としても興味深い研究対象でもあった。

「で、こっちは一人ずつ呼び出して面談ね」
 あらかた指示を終えためる子が、マジしんどいぱねえ犯人ぜってーぶっ殺すわ、とか毒付きながら別室へやってきた時には、すでに昼前になっていた。
「お疲れさん。ミカエルの再現はできそうか?」
「ぶっちゃけ、わかんない。前日か当日かにギリギリ間に合うかどうかってところじゃない?そりゃ、一昨日までブツに触ってたとはいえ、ラインから何から記憶だけで引き直せるもんじゃないでしょ?大変な作業よ」
 だろうなあ、そっちも地獄の作業になりそうな予感である。
「で、どうしたらいい?一人ずつ呼んでこようか」
「ああ、そうしてくれ。話も聞きたいし、顔色が変化する奴がいるかどうかとか、観察したいこともあるしな」
「オッケー了解。ラジャーブラジャー」
 ……なんちゅう品のなさだ、とがっくりくるが、女だらけの職場だと、こんな感じなのかもしれない。ほら、女子校だと”がさつ”になるみたいな。
 しかし、それはともかく今日の気楽には秘策もあった。神学者としての腕の見せ所である。
 「女子たちを一人ずつ呼び出す前に、まずはこれをちょっと読んでほしい。昨日ホテルに帰ってから考えたんだ。」
 気楽は、なにやら文章が書かれた一枚の白い紙をめる子の前に置いた。
「なにこれ?」
「まあ、ちょっとしたテストみたいなもんだ。コピーして全員に答えてもらおうと思っている」
 手にとってその紙の内容を読みながら、何かに気付いたようにめる子は気楽の顔を見た。朝から機嫌は悪いのだが、いっそう凶悪な顔つきになっている。
「どういうこと?あたしも犯人扱いってわけ?」
「第一発見者が真犯人である場合も、なきにしもあらずってことでね。悪いが安土も、現時点では対象者だ。できればその試験に合格して、容疑者から外れてほしいものだが」
「ああそう。意味はわかるけど、あたしには動機がないわ」
「それはどうかな。……キタコレに間に合いそうにないから、寸前に試作品が盗難に遭ったことにしたという筋書きも成り立つ」
 それを聞いてめる子は、ぶーっと、ふくれっ面をしている。
「そんなことないもん。試作品は完成してたのよ。最後の調整段階で破棄する理由がないもん!」
「わかったわかった。……まあ、そのテストをとりあえずはやってみな」
 気楽とて、本気でめる子を疑っているわけではない。もし、める子が犯人だとすれば、盗まれただのなんだの大騒ぎすることには意味があるが、わざわざ京都まで来て、気楽を連れ出すのはコストパフォーマンスが悪すぎるからだ。
 それでも、める子にこの三浦助教授の試験を受けてもらうのには、十分意味があった。それは一方で、める子が真犯人ではないという証拠を示すことにもなるはずだからである。

「えーっと、何々?『今回、御社で盗まれた新作の下着はミカエルシリーズで、キリスト教の天使の名前がモチーフになっているのはご承知の通りです』ふむふむ。そうね、その通りだわ」
 める子が、唇と鼻の間にペンを挟みながら、問題を読んでゆく。
「で?『さて、一方今回のキタコレに、某社が開発した網タイツのような素材を使った新作アミーダという商品が投入されるという情報があります。これは仏教がモチーフであろうと推定されます』へー。そうなんだ。あたしでも知らないことをあんたなんで知ってるの」
「細かい種あかしは後でするから、まずはそのまま解いてくれ」
「……『さて、御社のキリスト教モチーフと、某社の仏教モチーフが、今回のコレクションで激突することも予想されるため、簡単ながらみなさんの宗教についての知識をお伺いしたいと思います。捜査に関係があることですので、正直にお答えください』、か」
 そんな導入に続いて、いくつかの設問が並んでいる。
「さすがは、大学の先生ね。完全にガッコウの試験みたいじゃない。もうあたしゃ三十路よ。いまさら試験だなんて頭が痛いわ」
「……なんと言ってくれてもかまわんが、これを使って犯人を割り出すつもりなんだから、協力してくれてもいいだろう」
 それを聞いて、める子は、まじで言ってんの?こんなので犯人がわかるの?、と目をぱちくりさせている。
 テストだけで犯人がわかる、とは恐れ入る。
 希代の神学者にして、比較宗教学の若き研究者、三浦気楽助教授は、果たしてどんなテクニックを駆使しようというのか。
 それに興味を持ったのか、める子は黙って用紙に回答を書き始めた。

 第一問

 A、仏教における仏様やその仲間の名前を、あなたが知っているだけ列挙してください。うろ覚えの知識でも、間違っていてもかまいません。

 B、おなじく、キリスト教や西洋世界における天使やその仲間の名前を、あなたが知ってるだけ列挙してください。もちろん、うろ覚えでもかまいません。以下、同じです。知識の正確さを問うものではありません。


 第二問

 あなたが知っている「神様」の名前を挙げてください。ただし、次の分類に従ってそのジャンルごとに書いてください。

 A 神道

 B 仏教

 C キリスト教

 D イスラム教


 第三問

 あなたが参列したことのあるお葬式の様子をできるだけ細かに教えてください。

 A 何が置いてありましたか

 B どんな儀式が行われましたか

 C 何か覚えている言葉や語句はありますか

 D お葬式の様子を上から見た図で描いてください。参列者や祭壇の様子まで覚えている範囲でお願いします。


 第四問

 あなたが信仰している宗教について教えてください。信仰していなければ、あなたの家の宗派を教えてください。


 第五問

 次の言葉を読んで連想するものを答えてください。

 A アイドル

 B ダ・ヴィンチ

 C ラブソング

 D 新世紀


「……『問題は以上です。ご協力ありがとうございました』ふう、なんじゃこりゃ」
 いろいろ文句を言いながらも、める子は頑張って全問書き終えた。 
「じゃあ、赤ペン先生が丸つけをしてあげよう」
 回答を受けとって、気楽はにやりと笑った。
「……ほんとに、こんなんで犯人がわかるのかしら。全くもって意味不明だわ。そもそも、問題が何か偏ってる気がするけど」
「それはわざとなんだよ」
 さも、満足げに気楽は用紙を眺めている。
 そして、なにやらそこに自分で文字を書き入れている。
「ねえ、何書いてるの?」
「ん?時間だよ。安土が一つ一つの問題にどのくらい時間をかけて回答したのか、その時間を実は計っていたんだ」
 にやにや笑いながら、机の下に隠し持っていたスマホを出して気楽は画面を見せた。
 画面はストップウォッチになっていて、ラップタイムのように各項目の所用時間が計測されていた。
「答えだけじゃなくて?時間も関係あるの?」
 珍しく素直に、気楽の顔をのぞき込んでいる。こうしていれば、可愛らしい妙齢の美女なのだが、ふだんの行動が本当に残念ではある。
「よし、じゃあ、何を観察していたのか、全部教えてやろう」
「やった!」
 かくして、三浦助教授の個別指導が始まるのであった。

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