地球革命アイドル学部

臨むは革命的一戦(3)

エピソードの総文字数=3,293文字

 俺は校長室のドアを開け、円香と千香と菜月の3人に入るように促した。

九道円香、入ります。校長先生にはいつもいつも感謝しすぎて大変に大変な状態になっています。高校の方角には足を向けて寝てません。世が世なら、校長先生の前で土下座平伏するところです。永久に感謝です。

ちっす、九道千香っす。校長先生、いつもありしゃす!
失礼します。
う、うむ……。座ってくれ。

 校長は、どうやら円香と千香に臆しているようで、やや視線を彷徨わせた。

 そして九道姉妹と菜月の3人を対面に腰掛けさせ、俺と校長が向かい合うようにして6人がけのテーブルに腰を下ろした。校長が、俺に視線を向けてくる。

宗形くん、3人には転籍の同意書を持ってこさせてくれたのだな?
用意してきた?
渡された同意書に、指示された通りの記名捺印をしてきました。どっすか?

 千香に続き、円香と菜月も同意書を差し出してきた。3人とも、親の承諾書も添付されている。

 すぐさま校長は、テーブルに置かれた円香と千香の同意書だけを取り上げ、それを掲げて目を輝かせる。

……素晴らしい。これこそまさに私が望んでいた通りの宇宙戦略……。

 なぜだか校長は恍惚に浸っているような表情だった。幸せいっぱいなのはいいことだ。

菜月くんのほうの親御さんには、特に懸念点はなかった?
そりゃうちの親と、円香たちの父親って親しいからね。別に。

 菜月はため口で応じてきた。さすがに校長にはため口は聞かないだろうが、俺にはすっかり慣れた様子だった。

 同意書をテーブルに戻した校長が、嬉しそうに問いかける。

九道円香くん、九道千香くん、今年からインターハイは出場しないということでよろしいのだね?

らじゃっす。お姉ちゃんと自分はむしろ校長先生の恩義に報いなくちゃって思って、レギュレーションを空手に対応させてやってました。空手自体にも、インターハイ優勝自体にも、とくに興味があるわけではなかったっす。

校長先生さえよろしいのでしたら、私なんかを生かしてくれている世界人類の方々に報いるために、地球の革命に向けて歩みを進めたいと決意しています。人生のすべてを、命を、魂を、ものすごい勢いでものすごく、この革命的一戦に捧げる覚悟です。

クフフフフフフ……勝った。私は勝利してしまったのだな。いいぞ、これより我が校は地球を革命するのだよ。臨むは革命的一戦、そして我々はついに大宇宙へと羽ばたくのだ……!

 ちなみに円香が口にした「地球の革命」など、校長には一言も伝えていない。だが校長のなかでさまざまな感情が入り交じり、どうも円香の「革命」という言葉が、校長にとってすさまじく都合の良いものにナチュラルに脳内翻訳されてしまったようだった。

校長先生、アイドル学部に転籍して、いわゆるアイドル活動をしていくことには同意したんですが、高校としては何をしてくれるんですか?

 円香や千香と違って、菜月はさすがに現実的だ。地に足が付いている問いである。

 校長が重々しくうなずく。

うむ。君たちが活躍するためのすべてのことをするつもりだ。
ですから、すべてのことって何ですか?
うむ? ……宗形くん、説明してやりなさい。
…………は? 何も聞いていないんですが自分は……。

 たらいを回されても本当に何も答えられない俺はしばし途方に暮れた。状況を察したらしい菜月は、小さくつぶやく。

ダメだこの校長……。早く何とかしないと……。

そのための浅倉先生、だからこその浅倉先生だろう? 浅倉先生は素晴らしい。もともと浅倉先生は、芸能界からこの私がヘッドハントしてきたのだ。そのときの私は、きっとこのことを予測しきっていたに違いない。

ヘッドハントは誇張表現が過ぎますよね? 引退を決めたアイドルにちょっと声を掛けてみただけなんじゃないですかー。

今回は3人の同意書確認だけだと思ったんで呼びませんでしたが……すぐ連れてきます。

 俺は立ち上がり、校長室を出た。

 そして窓際の一華の席まで行き、後ろから声を掛ける。

浅倉先生、校長が呼んでるよ。アイドル学部の件でね。
ま、またですかぁ?
 振り向いて見上げてきた一華は、あからさまに泣きそう顔だった。気持ちはわかる。
校長が浅倉先生の重要性を激しく力説してた。
次の授業の準備で忙しいんですけど……。
浅倉先生は素晴らしい。
トホホでございます……。

 それから俺は、肩を落とす一華を引き連れ、再び校長室へと戻った。

 俺に続き、一華が遠慮がちに校長室に入ってくる。

失礼しまーす……。
浅倉先生。この子たちにアイドルの素晴らしさを力説してやってほしい。

ええっ!? 何がどんな風に素晴らしいんでしょう? そもそも私、芸能界が嫌になって辞めてるんですけど……。私に教えてほしいなぁ……。

そうじゃなくて、アイドル学部に転籍して、そのあとどうするのかってことを知りたいんです。高校が何をしてくれるのかも把握しておかないと、正直行動のしようがないんですけど。

それもそうですね、桜丈さんの言う通りだと思います。校長先生、せっかく最初の所属メンバー3人がこうして揃っているんですし、ご説明してあげたほうがいいのではないでしょうか。

そうなのだよ、だから浅倉先生を呼んだのだ。説明してやってほしい。
 なぜか校長は自信満々に言い、大きくうなずいた。
……………………ほえっ?

 ようやく一華は状況を把握したようで、おそるおそる、俺に助け舟を求めるような、悲壮感いっぱいの視線を向けてくる。

……ビ、ビッグバン?
オー、ノー、ビックバーン……。

 肩をすくめて俺は首を振った。いつもはたらいを回せない俺だが、今回ばかりは一華にたらいを渡すことができた極めて貴重な機会である。一華には申し訳ない気持ちもあるものの、今回のケースにおいては、まったく何の経験も知識もない俺がたらいを引き受けることは難しい。

そっ、そうですね~。所属メンバーができたとしても、まずは宣材用のプロフィールとかないと営業もできませんし、写真を撮ったりしましょう。今はウェブサイトもあったほうがいいですし、SNSをやってみるのも手なんじゃないのかなぁと……。

宣材用の書類はたしかに必要かもだけど、そのあとは?
営業活動、しましょうか……。
芸能人の営業活動ってどういうことをやるんだ?
お客さまを集めてステージで歌ったり踊ったり漫才したり、色々かもです。
商店街やショッピングモールでカラオケ歌わされるとかは絶対嫌。

で、でも桜丈さん、アイドルってコツコツそうやって実績や知名度を重ねていかないと……。いきなりスターダムで活躍できるわけもないですし。

私はどんなことだってする覚悟ですよ。地道に積み上げる物事には慣れてます。むしろ私なんかの歌や話を聞きにきてくれる人が本当にいるのなら、土下座して謝りたいくらいです。すごい勢いですごい土下座をする気持ち満々です。

 円香なら、本当に『すごい土下座』を芸風として採り入れられるかもしれない。おそらく、未だかつて誰も見たことがないような誠心誠意の『すごい土下座』なのではないだろうか。

 とすれば、超一流のドゲザーであり、百戦錬磨のパシラーでもあり、外人も真っ青の怪しい日本語を折々に用い、それでいて古今無双の女子武道家でもある円香は、奇跡の逸材になり得るのではないだろうか。

地道な範囲でやれる活動をしながら、オーディションでも受けてみましょうか……?
オーディションなんて誰でも受けられるものなんですか?

前に所属していたプロダクションの社長に事情を話してみて、これからどうすればいいか聞いてみますね……。正直私じゃわからないことも多いので……。

そうか、ついに浅倉先生が動く……。大御所出陣というわけだな。クフフフフフ……私が長らく兵を養ってきたのはこの日のためだ。泣かぬなら、アイドル作ろうホトトギス……。

な、何やら大きな話みたいになっておりますが……。

 一華は、泣きそうな顔で俺を見た。思わず視線をそらしそうになってしまったが、それではあまりに無責任だし可哀想である。俺が笑顔で小さくうなずいてやると、少しだけ一華はホッとしたような表情を浮かべたのだった。

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