【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-07 靴がいっぱい

エピソードの総文字数=2,023文字

ただいま~。
 久しぶりに大学へ顔を出したはいいが、やはりまだ本調子とは言えなかった。茂は結局授業のあと出るはずだったバイトは断って早々に帰宅した。
 欠勤を伝えた電話の向こうで、バイト先のレストランのマネージャーがいつも通りの穏やかな応対だったのが救いだが……もともとあまりまじめに勤めているわけではない。そろそろ首を切られる心配もしておいた方が良さそうだった。
 玄関先には汚れた男物のスニーカー1足と、茶色のローファー2足が並んで置かれている。どうやら来客中のようだ。
由宇が学校の友達でも連れてきたのか?
もしかして、ボーイフレンドを紹介される……なんてことないよな?
 最近の中学生はマセているとも聞くし、由宇はその中でも飛びぬけている。彼氏がいると言われても今更驚きはしない。
 ……しないつもりだ。
 そう思いながら、茂はもう一度並べられた靴を見下ろした。
いや、別にそういう相手と決まったものでもないか。
 他にもうひとり女の子も来ているとなれば、そうそう突拍子もない展開にはならないだろう。ただのクラスメイトとか、クラブの先輩とか……そういう男友達を家に連れて来たって不自然じゃない。
うんうん、きっと今日は大丈夫だ。
 何がどう大丈夫なのかは不明だが、そう自分に言い聞かせるように考えて、茂は靴を脱いだ。
まるで年頃の娘の挙動に一喜一憂するオヤジみたいだな、俺……。
 ローファーはどちらも由宇の通う中学で規定されているデザインだった。
 一方の――24.5センチは由宇のものだ。もう1足は多分連れてきた友達のものなんだろうが、23センチのちまっとしたものだ。
 並んでいるところを改めて目の当たりにすると、普段由宇が『つま先を切り落としてガラスの靴を無理やり履いたシンデレラの義理のお姉さんの気持ちがわかる』と嘆いているのも納得できる。
  あちこち擦れたあとの痛々しい23センチのローファーが、由宇の靴と並ぶだけでこんなに可愛く見えるのだから。
  学校からの帰り道に指定の靴を扱っているつぶれかけた(ように見える)靴屋があるのだが、そこでは24.5センチ以上のローファーは置いていないとかで、由宇は毎朝靴を履くたびにビクビクしている。
 別に足だけが並外れて巨大、というわけではない。身長も高いし、スタイルだって大人びている。
 要するにどこもかしこも規格外なのだ。万年少女の母親から、どこをどう間違えればこういう娘が生まれてくるのか、はっきり言って茂には謎だった。一方は40過ぎ、もう一方はまだ13の中学1年生だというのに、二人が並んで歩くと、姉妹どころかヘタをすれば同じ短大の同級生――にも見えなくはない。
 そのせいで大学に進学して以来、茂は一度も友人を家に招いたことはなかった。
 この状況を、
ハーレムだな、茂。羨ましい限り。
……などと軽口を叩く連中と同じ空間に存在させるなんて、狂気の沙汰だ。
母さん、電話中?
 開けっぱなしになっていたリビングのドアの向こうから、母の声が聞こえたので、茂は小さくそう声をかけた。

 ……が、リビングの光景を見た瞬間、我が目を疑った。

 美津子がカントリーにピンクにフリルにキティちゃんのリビングの真ん中で楽しそうにおしゃべりに花を咲かせている相手――しゃべっているのは美津子一人だが――は、頭にタオル、手には黄色いヘルメットの作業服姿の若い(しかもムサい)男だったのだ。
 場違いという表現はこの際婉曲なものにさえ感じられ、ナンセンスコメディ映画のワンシーンに立ち会ってしまったような心地だった。
……が、ばーんってはじけ飛んでしまったの。そのときに教師役の女優がなんて言うと思う? さあ、歌いましょう、って。私思わず涙ぐんでしまったわ。小さな生徒たちが先生のもとに集まって歌う声の可愛らしさったら、ホントにもう天使としか言いようがなくて……。
………………はあ。
ね、録画してあるのよ。これから一緒に観ない?
……えっ?
 あの玄関先の靴を見たからって……なかなかこういう組み合わせは想像できない。
 そして相手の困惑にまるで気づいていないところが、我が母ながらものすごく怖い。
 ソファの上で硬直しているその作業着姿の男が、高校時代のクラスメイト・佐原篤志なのだとわかってはいたし、そもそも、この状況を招いたのはほかならぬ茂なのだが、きっぱり見捨てて背を向けたい気持ちだった。
あら、遅かったのね。篤志くん、もう1時間も待ってたのよ?
 美津子は篤志が硬直していることには気づいていないし、茂が逃げたがっているのにもまるっきり気づいていない。
 ちなみに今朝は出掛けに授業のあとバイトに行くと、ちゃんと母には伝えてあった。
 茂がバイトを休まなかったら帰ってくるのはあと5時間は先だっただろう。……多分篤志が硬直している時間もその分伸びたはずだし、ドラマか映画かは知らないが天使の合唱をがっつり堪能させられていたはずだ。
バイト休んでよかった……。

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