ある青年の異世界順応記

幕間:ある兵士の回想

エピソードの総文字数=4,084文字


 待望の勇者がこの世界に来たという知らせがあったのは、かれこれ一週間以上は前のことになるだろうか。
 あの日は、にわかに城内が騒がしくなったことを覚えている。
 勇者と呼ばれる存在は、この世界では広く知られているが身近な存在ではない。正直なところ、一般市民にとっては眉唾物の御伽噺に近い存在だろうと思う。伝説は残っている。魔王と呼ばれる者も居るし、魔物だって実在するのだ。そういうものが居たっておかしくないという認識はある。しかし、そう名乗る者が仮に居たとしても、そうである証拠がないし、示しようも無い。だから世間一般では、勇者というのは想像上の概念というか価値観というか、そういうものでしかなかった。
 自分だって、こうして国の業務に携わるようになるまでは――と言っても末端も末端なのだが――そう思っていたのだ。
 しかし、紆余曲折あって国の一兵士として働き出してから、その認識ががらりと変わってしまった。
 勇者というのは、結構な頻度で現れているものなのだということを、実体験として知ったからだ。
 兵士として働き出してもう十年くらいになろうだろうか。その間に、二回は勇者として迎えられた人間を見かけている。
 そもそも兵士として働き始めた頃にしたって、国としての動きの中に、勇者という存在は既にあるものとして組み込まれていて、いる場合といない場合の動き方というか慣習のようなものが当たり前のように出来上がっていたのだ。
 いやがおうにも、勇者の実在を実感してしまうというものだろう。
 とは言え、今まで居ないと思っていたものが実在していた――ということに驚いていたのは最初だけだった。そういうものだという常識に染まった場所で過ごしていれば、勇者という存在に新鮮味など無くなってくるし、勇者とは結局、国にとって都合の良い駒でしかないことを理解するからだ。聞こえの良い肩書きで誤魔化しているだけで、他所の世界から使い潰しても惜しく無い人材を連れてきているに過ぎないのだ。
 ただ、久々の召喚に対して待望という言葉が付く程度には価値を認められている存在ではあった。
 認められている価値は大きく分けて二つある。
 ひとつは、どんな素人であっても一騎当千に近い能力が備わっていることである。最初こそ戦闘というものに慣れさせなければならないが、慣れてしまえば、その身体能力はそんじょそこらの兵団相手であればそうは負けない力を容易に備えることができるようになるのだ。
 一人で一軍あるいは一兵団に値する存在などそうは居ない。そんな貴重な戦力がタダで手に入るのだからそれだけで価値が認められるというものだろう。
 そして肝心のもうひとつが、特別な能力を必ずひとつ持っているということである。この世界には魔術と呼ばれる技術があるが、彼らはそのどれにも属さないような能力を備えて現れるのだ。仮にその能力が魔術で再現できることであったとしても、その効率や規模は比較にならない場合が多い。ひとつめの価値にも関連することだが、この価値も相まって、その戦力は非常に高くなってくる。
 では、こんな存在を何に使うかと言うと、主に敵対している国や魔王に対する牽制として使われるようだった。
 単体の戦力で国が崩せるなどとは誰も考えてはいない。むしろ、そうなってしまっては困ることも多いから、そうならないようにして欲しいとすら思っている。彼らに求めていることは、どこにも所属していない勢力として暴れてもらうことだけだ。なぜなら、そうして発生した被害につけこんで、利益を得ることこそが主目的だからである。もっとも、それがうまくいく場合は少ないようではあるが。
 どうやって別な世界とやらから呼び出しているのか、その選定基準は何か、どうしてそんな能力を持っているのか――など、様々な疑問は尽きないが、それを知ろうと思ったら、きっと自分の命を賭けることになるのだろう。
 この話の肝心なところは、勇者は居て、彼らはこの国の召喚場に呼ばれてやってくるということだ。例外は無かった。
 ――今回までは。
 最初に異変に気付いたのは当然、召喚場で儀式に携わる者たちだった。その後城内に情報が行き渡り、急いで捜索隊が組まれることになった。自分もそのうちの一人に選ばれてしまい、国中を駆けずり回る羽目に陥った。
 アテは無いわけじゃあなかった。勇者が生きているか死んでいるか、どの方向に居るのかを示す道具が存在したからだ。
 しかし、大抵の場合ははっきりとその位置を示すその道具も、今回ばかりはあまり役に立たないようだった。その道具は勇者の力の大きさに応じてその位置を明確に割り出すことができるようになっているらしいのだが、どうやら今回の勇者はかなり弱いらしく、居ることがわかるだけでどの位置に居るのか判然としなかったのだ。異世界由来のものが勇者だけに限らないのも原因のひとつらしいが、実際に探している身としては何の役にも立たない情報であった。
 そうして始まった捜索は何の成果も得られないまま、一週間という時間が経ってしまった。
 広い国ではないとはいえ、山もあれば森もある。その全土からわずかな手がかりだけで一人の人間を見つけ出すのは容易なことではないのだから当然だ。終いには、本当は召喚なんて成功していなかったのではないかという疑いまで出始めたくらいだが、勇者の存在は確かに感じられているらしいという話で、捜索を終わらせる気配は無かった。
 ただ、徒労なのではないかと一度でも疑いが浮上してしまえば、士気に影響が出る。実際にやらされている身としても、それはよくわかる。本当にあるのかどうかがわからないものに、先が見えないものに付き合わされるのは、誰だって気は進まない。
 そんな気配を察知したのかどうかはわからないが、捜索の期限が設けられることになった。
 終わりが決まれば、それまではと頑張れるものである。仕事なわけだから、むしろ手を抜いている状態を責められなかったことを喜ぶべきだったかもしれないが、それはさておき。
 追加された期限は一週間だった。
 そして、今日はその期限の二日前である。
 相変わらず道具の示す先はいくつもあって、どれを目指せばいいかわからない状況が続いていた。このまま見つからずに終わるかな――と思っていたのだが、状況が変わったのはその日の夜半だった。
 道具に示された目印のうちのひとつが、にわかに周囲のものとの差を明確にし始めたのだという。
 示す位置に一番近い部隊は自分の所属している部隊であったから、すぐさま向かうように指示が下った。
 どうしてこのタイミングで変化が発生したのかという疑問は湧いたが、その疑問を解消する術はない。命令に従って道を急ぐ。
 たどり着いた先は山奥にある小さな村だった。夜半に騒がしくするのは少々申し訳ないと思わないでもなかったが、こちらも仕事である。町長そのほかの住民をたたき起こして、ここ二週間で変わったことがないかを聞いて回った。すると、住民のうち数人から、外の世界から来たなんて抜かしたキチガイを一人放り込んだままだという情報が得られた。
 すぐさまその場所に向かうと、牢獄の奥で衰弱した様子で倒れている一人の青年を発見することができた。急いで彼を連れ出して勇者であるか否かを判定するための道具で確認すると、どうやら探している勇者は彼らしいことがわかる。
 すぐに本隊に報告を入れてから、衰弱している彼の体を乗せてすぐさま移動を開始した。残念ながらというべきか、怪我人や弱った者に治療等を行える人間は捜索隊の中にはいなかったからだ。肝心の勇者は見つけたけれど、見つけるのに時間がかかって死んでしまいました――なんて報告をすれば、自分たちの首が物理的に飛ばされる。それだけはなんとしても避けたかった。
 報告の際に衰弱している旨を伝えたのが功を奏したのか、本隊と合流する前に衛生班の人間と合流することができたので想定していた最悪の事態は免れたが、自分の命を心配する不安が無くなったことで無視していた違和感が疑問となり、頭の中に言葉として浮かんでくる。
 勇者を探すための道具は、勇者が持つ力によって差を判断しているらしい。
 それはいい。原理やら何やら疑問に思うところは尽きないが、そういうものだと納得しよう。
 しかし、ならば、なぜ彼は衰弱しきった状態になって発見されたのだ?
 衛生班からは、あと少し処置が遅ければ手遅れになっていたかもしれないとまで言われたのだ。彼はそんな状態になって初めて、勇者としての力が明確になったということになる。そんなことがありえるのか?
 勇者は私たちと違う能力を持っている。あの道具は、その能力が与える影響度でも見ているのかもしれない。だとすれば、彼が持っている力は死にかけたときに初めて発揮される類のものということにならないか?
 そこまで考えが至ったところで、体中にぞわりと怖気が走り、その先を考えることを思わず止めてしまった。そして、考えすぎだろうとは思う一方で、一瞬だけ浮かび上がったその考えはおそらく正しいのだろうと直感していた。
 テントの中に設けた寝台に横たわる彼を見る。これから彼は城に連れて行かれて、その処遇が決定されることになる。
 彼はいったいどのように扱われることになるのだろうか。彼はおそらく歴代の勇者の中で最弱だろう。勇者としての力を示す道具の反応から、きっとそう判断されているに違いない。しかし、だからと言って扱いを間違えれば、痛い目を見るのは我々のほうになるという予感がしていた。
 もっとも、それを誰かに言おうとは思わなかった。言ったところで、誰も信じてはくれまい。ただの想像で妄想で直感でしかないのだから。
 ただ、例外が発生することにもそれ相応の理由があるとすれば彼がこうして呼ばれた理由は何だろうかという疑問が、城への帰路の最中、頭からずっと離れなかった。

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