頭狂ファナティックス

大室銀太VS守門恒明①

エピソードの総文字数=3,429文字

 その夜は秋姫も自室に戻らず、銀太と紅月の二人と同じ部屋で過ごした。銀太はずっと黙り込んで考え事にふけっており、その姿は葬式での小競り合いの熱が冷めやらず苛立っているとも、明日の決闘のために闘志の炉に薪をくべているとも、格上の相手と戦うためにどのような戦術を取るべきか吟味しているとも見えた。少なからず、臆病に取りつかれている様子はなかったので紅月はわざわざ相手を奮起させるような言葉はかけなかった。しかし秋姫は不安気な目線を何度も銀太に送り、何かを言おうとしていたが、口を開きかけたところですぐにまた俯いてしまった。
 翌朝、決闘の時間が近づくと銀太は二人に、第三校舎に近づいて、自分たちの生死の確認をしたり決闘の中止を要請したりすることを禁じた。二人には紅月の部屋に残って、自分が生きて戻ってくることだけを祈っていて欲しい、と銀太は言った。
 銀太はお守りとして、『バベルの図書館』のシンボルを持っていくことにした。殺し合いの推移によってはその豆本が失われることが無論考えられたが、そのことに二人の少女は頑なに反対しなかった。決闘の場へ赴く前に、銀太は二人に言伝を残したが、その調子には遺言といった様子はなく、自分の勝利を確信しているようだった。紅月に対しては、決闘が済んだらすぐに綴を殺した犯人探しを始めようと言っただけであり、決闘そのものには触れなかった。秋姫に対してはもう少し長く話をした。銀太が片手を差し出すと、秋姫はその手を両手で包み込んだ。
僕は必ず帰ってきますから。昼寝をするときのようにくつろいでいてくださいとは言いませんが、せめて僕の勝利を願っていてください。
はい。やはり私は銀太くんが殺し合いをすることに肯定はできません。けれども、あなたが無事に帰ってきてくれたら私は嬉しいです。
 秋姫が名残惜しそうに相手の手を放すと、銀太は頷きを返しただけで、別れの挨拶などせずに部屋から出て行った。
 第三校舎は理系のクラスが集中している校舎であり、教室に加えて化学室や生物室など、科学専門の教室が並んでいた。正面玄関ですでに恒明は相手を待っていた。互いの姿を認めると、二人はまるで戦友であるかのように目配せを交わして、どちらから言ったわけでもなく並んで校舎に入った。校舎の中には予想通り、二人以外誰もいないようだった。二人は決闘に対して尻込みしているように校舎の一階をそぞろ歩きしていたが、正面玄関からは奥に当たる廊下まで来ると、恒明が言った。
いつまでも、まるで友人のように散策していても仕方のないことでしょう。ここを決闘の場としませんか?
ええ、僕は構いませんよ。十歩ほど距離を取りましょう。そして互いがシンボルを出したときを決闘開始の合図としましょう。
 その廊下にはとりわけ言及するような珍しいものはなく、二人が歩いてきた方の左手には窓が続いており、冬の朝の水っぽい陽光を通していた。右手には一年生の教室が並んでいる。
 二人は十歩ほどのあいだを取り、シンボルを具現化した。恒明のシンボルは透明な壺に詰まった金平糖だった。
 シンボルの形状とコンプレックスの能力には必ずしも明確な相関関係があるわけではない。恒明のシンボルがその例であり、その金平糖からコンプレックスの能力を予想することは不可能だった。しかし銀太は恒明のコンプレックスを把握するよりも先に、鋏を構えて相手に向かって駆け出した。紅月がこの光景を見ていたならば「無鉄砲から来る自殺行為」と言っただろうが、銀太としては相手のコンプレックスが自分のものより性能が上回ることは確信しており、しかし初手に関しては空白組にも劣らない自負があった。
 つまり相手のコンプレックスが炎や毒霧など不定形の物質を操作するタイプの能力ならば当てはまらないが、ほとんどのコンプレックスに対しては『緑の家』の「性質の連続性は失われないが、抵抗なく物質を切り裂く」という能力は、見破られる前ならば、ほとんど有効打になる。実際、楓子との対戦のときがそうだった。楓子は『緑の家』の能力を理解していなかったために、あっさりと左腕を切断された。銀太は恒明に自分のコンプレックスを把握される前に、首を刎ね飛ばして勝負を決めるつもりだった。速攻によって勝負を決することが銀太の戦術だった。
 銀太が一歩目を踏み出したとき、恒明はすでに壺の中から一つ金平糖を取り出していた。そして人差し指の第二間接と親指の腹のあいだに挟んで、金平糖を割った。その瞬間、銀太は床に叩きつけられた。何か巨大な力によって、床に引き寄せられ、受け身を取ることもできず、うつ伏せのまま全身を強打した。床に転ばされたこと自体は痛手にならなかったが、銀太は自分が何をされたのかまったくわからなかった。しかし相手のコンプレックスがどのような能力であろうと、立ち上がり体勢を立て直さなければならなかった。
銀太くんのコンプレックスは近接戦で効果を発揮するようですね。それならば、僕に近づかせるわけにはいきません。僕のコンプレックス、『重力の虹』と呼んでいるのですがね、こいつは相手と距離が離れているときに真価を発揮するのですよ。
 銀太はその場で鋏を構えたまま動かなかった。急襲をかけようとしていることが見破られた以上、再び相手に猪突することはできなかった。しかしその場に留まっている限り、寸前のように床に叩きつけられることはなかった。相手に向かって接近したことが、恒明の能力の発動条件に触れたことは間違いがなかった。だが具体的な条件を特定するには情報がまだ足りなかった。
まったくわけがわからない、と言った顔つきですね。けれども安心してください。僕のコンプレックスの正体はすぐにわかりますよ。困ったことに、見ればわかってしまう能力なのでね。
 恒明は制服のブレザーの内隠しに――というのも、この日も恒明は学園の制服を着ていたのだ――手を入れると、ビー玉を三つ取り出した。そしてビー玉を銀太の方に向かって投げつけた――しかしそれは直接銀太に向かってではなく、銀太の頭を跳び越すように、放物線を描くように、つまりは緩やかな投擲だった。
 三つのビー玉が頭上を通り過ぎようとしたとき、銀太は相手のコンプレックスを理解した。そのときには背中から倒れ込むように飛び退いていたが、わずかに遅かった。恒明が金平糖を割るのと同時に、三つのビー玉は驚くべき速度を持って、床に向かい、垂直に落ちてきた。そのうちの一つが銀太の右脛に当たり、そして肉に食い込むと、そのまま右足を貫通して床にめり込んだ。ビー玉は銀太の目路から隠れるほどに深く床に沈んだ。そして尻餅をついている銀太の右足に開いた穴から血が迸った。

空中に浮いているものを落下させる能力……。
 相手のコンプレックスを見破った優越感からではなく、ただただ呆然とし、思わずといった調子で銀太は呟いた。銀太は相手に聞かせるつもりはなかったが、恒明はその返事をした。
そのとおり。それが僕の『重力の虹』の能力です。あなたのコンプレックスもおいおい教えていただきましょうか。
 すぐさま銀太は相手の能力――『重力の虹』――の恐ろしさと特別科クラスのコンプレックスの異常性を痛感した。ビー玉が人体を貫通したことと、リノリウムの床に沈み込んだ深さを考慮すると、疑いなく『重力の虹』による落下速度は拳銃から発砲される銃弾の速度を超えている。その速度を得た物質の攻撃力は頭部に直撃すれば、即死に値するものだった。
 また駆け出そうとした瞬間に床に叩きつけられたことから、銀太は『重力の虹』が相手の移動手段を多分に制限しうるものだと理解した。人間が走るとき、必ず両足が離れる瞬間――つまりは宙に浮く瞬間――がある。恒明はその瞬間を狙い能力を発動して、相手を床に叩きつける。すなわち可能な限りの速度を持って移動しようとすれば、両足とも床から離れない移動方法、つまりは競歩の動きをしなければならなかった。言うまでもないが、その移動方法は戦闘においては致命的なほどに遅い。
 そして何よりも銀太を絶望に叩き落とした事実は、『緑の家』の能力では『重力の虹』の能力に対処できないことであった。『緑の家』の能力がまだ相手に把握されていないにも関わらず、有利は恒明にあった。しかしどちらかが死ぬまで決着がつかない以上、そして互いの怨嗟が晴らされない以上、銀太に逃げる選択肢はなかった。

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