三題噺のお部屋

あじふらい老師

エピソードの総文字数=3,171文字

ペンネーム:あじふらい老師



今日はとても寒かった。そう、家の水道が凍結するほどに。

僕が半年ほど住むことになったこの家は、老朽化が凄まじく、東北の寒さに耐えきることができなかったのだ。

家賃が0円だからと言って、親戚が使ってない家があるからだと言って、半年だけだからと言って、駅から10分のところにあるからといって、この家に住むことはチャレンジするべきではなかったと思う。


そのせいで僕は、外は息を吸うだけで肺が痛くなるほどの寒さの中を。

体は震え、思うように息が吸えない寒さの中を。

自然と、呼吸も荒くなる寒さの中を。



――腹痛を抱えながら歩くことになったのだから。



タイトル「シモヤケ」



僕は、両手で腹をおさえなら雪の中を歩いていた。

地面に積もった、既に誰かに踏まれた雪をさらに踏みしめながら。

その雪が人であったのなら、浮かべたであろう表情と等しいほどの苦悶を顔に出しながら。


僕は家から駅……のトイレに向かって歩いていた。

そこを、家のトイレの代替地として選んだのだ。


この寒さのせいだろうか、僕のお腹はギュルギュルと小気味の良い音を立ててくれる。

その度にお尻に力をこめて、苦悶の表情を強くし、僅かに足が早くなりながら、僕は駅……のトイレへ向かう。


そのような状態を10分ほど続けて、ようやく駅――のトイレが見えてきた。

僕の足はさらに早くなる。もう目の前だ!


僕は駅のトイレのドアに力を込めて動かした!

ズオオオ!と豪快なスライド音を立てて、トイレのドアは開いた!


すると目の前に、洗面台にのった雪だるまらしきものが見えてきた。

一瞬だけ気になったが、今の僕にはそんなものを気にしている余裕はなかった。


僕はトイレの中に入り、ひとつしかない個室に鍵がかかってなかったのを安堵すると、急いでズボンを下げてトイレに腰を落とした。


――勢いよく、物が落ちていく。

ふう……


ようやく冷静さを取り戻せた僕は、物が完全に落ちきるのを待ちながら、先ほど見た雪だるまに思考を移す。

この当たりは近くに学校があるため学生が多い。

今は下校時刻を僅かに過ぎたころである。

もの好きな学生が雪だるまを作り、もったいないからとこの中に置いていったのだろうか。


そんなことをすれば溶けて水面台がビシャビシャになるであろうに。

――まあいいか、そんなことを僕が気にする必要もない。


物を落ちきった感覚を覚えると、視線をトイレットペーパーに移した。

そこには、何もなかった。


「うそだろ……?」


思わず声に出てしまった。


何度もトイレットペーパー入れの蓋を開けてみるが、本当になにもない。

空のロールすらなかった。

前の利用者が使い終わった後、そのロールごと持っていったのだろうか。

それともトイレの掃除係の人が、交換するつもりで外したけど、そのままうっかり忘れてしまったのだろうか。

……どちらにせよだ。


――どうするか。

僕は顔から血が引いていくのを感じながらも、不思議と心は冷静だった。

だって、ないものはないのだから。

ポケットティッシュも持っていなかったし、何かしら行動しなければこの窮地は解決しないと分かっていた。

覚悟を決めなければならない。

問題は、どちらの覚悟を決めるかということだ。


手で拭くか、付くのを我慢してズボンを上げるか。

――どっちも嫌だった。


僕は家で急な腹痛を覚えてここにきたのだ。

ということは、僕の物は液体状だったのだ。

つまり僕のお尻は、広範囲に渡ってそうなっているだろうということは経験則から予想がついている。

どちらも地獄になるのは明らかである。


――何かないだろうか


僕はもう一度、この閉ざされた個室の中を見回してみる。

すると地面に、尖った小石のようなものがあるのが見えた。

また学生が、小石をサッカーボールの代わりにでもしてトイレの中に入れたのだろうか。


しかし……これは救世主になってくれるかもしれない。

石がトイレットペーパーの変わりだったと、どこかで聞いたことがある。

大丈夫だ。少しだけ、人類の歴史を過去にさかのぼるだけだ。


僕は便座からお尻を浮かせて、その小石を取りに行く。

素早く拾い上げると、急いでお尻をトイレに戻した。


拾った小石は、僕の人差し指より僅かに小さいが、形は斜めにカットされたようになっている。

一応、拭くのに適した形にはなっているような気がする。


……恐ろしく頼りがない。

――が、やるしかない。


覚悟を決めた僕は、一度腰を浮かせて、その小石をお尻に伸ばした。


――ニュルリ


とした感触が僕の手に伝わる。


一応、確認してみる。

……ちゃんとついている。


僕はその小石をトイレの水にいれると、またお尻に戻して、その作業を何回か繰り返した。

すると、


――シュシュシュリ


とした感触が、僕の手と共にお尻に伝わる。

小石のざらざらとした感触が、僕のお尻をなでていく。


「……おっ……おふ……」


ムズムズとしたなんとも言えない感触に、僕は息を漏らした。

このトイレに人がいないのはほんとうに不幸中の幸いだった。


感触が変わったということは、ある程度の大物は退治できたのだろうか。

――しかしだ。


僕はいま、お尻の浅いところを拭いたにすぎない。

僕がズボンを上げるには、お尻の穴まで拭かなければならないのだ。


この小石で……?


何分かかるかわかったものではないし、お尻の穴にこの小石を突っ込むというのは、とてもすごい恐怖感だった。


しかも僕の物は液状である。とても広範囲なのだ。

まさに焼け石に水である。

もう一歩、何かしらの工夫が欲しい……。


――そうだ!


僕の脳裏には、洗面台の上にあった雪だるまが浮かんだ。


僕は外に人の気配がないことを確認すると、個室の鍵を開ける。

そして洗面台の上に乗っている雪だるまを掴むと、再び個室に戻り、鍵を閉めた。


とても冷たいそれを、握って砕く。

今はこの冷たさを気にする余裕などない。


雪のだるまを、ただの雪に戻した後、僕はお尻にそれを入れ込んだ


「……あ……ひゃ……!」


冷たい感触が、僕のお尻に伝わる。

思わずお尻に力が入ってしまう。


しかしそこで止まっている場合じゃない。

ここで止まるのは地獄の継続をするに過ぎない。

僕はさっきの小石で、お尻の穴まわりをぐりぐりと押し込む。


僕のとても敏感なところに、元、雪だるまが入ってくる。


「……うひょおお……!」


その冷気に思わず声が出る。

だが、そう感じるということは届いているということである。


雪は水なのだ。

これはつまり、天然のウオシュレットなんだ!

昔の人もこうやって拭いていたに違いない!

僕は今、歴史を経験しているだけなんだ!


と、自分にそう言い聞かせて、この冷気に耐えた。


充分に小石でぐりぐりとした後、今度はその小石で雪を落としていく。

……おそらく茶色いであろうそれは、ぽちゃぽちゃという音をたてながら、トイレの中に落ちていく。


全ての雪が落とし終わったあと、小石でお尻周りを触ってみても、シュリシュリという感触しか伝わってこず、また小石に茶色い物がつくことはなくなっていた。

ただ、既に変色はしていたが。


その確認作業を終えた僕は、ようやくパンツを上げることができた。

――開放である。


僕は再びトイレの水を流すと、個室のドアを開けた。


まず、トイレから外にでて、お世話になった茶色い小石を雪の中に突っ込んだ。

そしてトイレに戻り、入念に手を洗った後、ようやく帰路へ向かう。


再び極寒の冷気が僕を襲う。

よく洗った手の水気に、その冷気はよく応える。

行きよりも寒かったが、しかしミッションをやり終えた僕の顔は、ここに来る前とは180度別のものになっていた。



――さて、後日談というやつだ。

僕は今、サルカニ合戦のサルよろしく、お尻を丸出しにしてこたつの中にいる。

理由は霜焼け……いや、シモヤケだ。


ヤケてない石でも、ヤケクソになれば水を倒すことができるが、その代償としてシモヤケになるぞという、どうしようもない教訓である。

2017/12/17 15:37

aji_furai

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