【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-01  帰郷

エピソードの総文字数=2,426文字

 同じ形のソファがいくつも並べられた広いホール。英司はその片隅で目を覚ました。
 床は崩れた壁や落ちてきた天井、割れたガラスの破片などで覆い尽くされていた。室内はほとんど真っ暗だった。ところどころ天井の崩れた場所からわずかに青白い光がさしこんできていたが、ホールのすべてを見渡すことはできない。
 ホールには窓もあったが役に立っているものはひとつもなかった。
 アルミサッシの窓わくはすべてひしゃげ、ガラスを押し破って土砂が押し寄せている。
 暗がりに目を凝らして周囲を見回し、英司は壁ぎわに果歩の小さな身体が投げ出されるように倒れているのを見付けた。
おいおい、まさか死んだりしてないよな?
 すぐにでも駆け寄りたい気持ちだったが、のろのろ身体を起こすのが精一杯だ。
 あちこちに鈍い痛みがあったが、幸いにも骨折などの深刻な怪我は負っていないようだった。かなりの高さから落ちたように感じたし、クッションになるようなものは何もない。この程度で済んだのは、奇跡――と言ってもいいだろう。
あいつ……ここにいるのか?
 落下して行く時に見た青年の姿を英司は思い返した。
 大した怪我をせずに済んだのは……いや、そもそもこうしてここに投げ出されているのはあの青年が何かをしたせいだとしか思えなかった。
 長い白髪。額に刻まれた刻印のような文様――。
 奇妙ななりをしていたが、少なくとも外見的にはまともな人間だった。だが青年の姿を見た時に感じた違和感を英司は忘れることができない。
人間の形をしていても、人間ではないモノ……。
 英司にとって、それは初めて目の当たりにする存在ではなかった。
お……おい、生きてるか?
 よろよろと歩み寄り、倒れている果歩にそう声をかけた。
 返事も反応もなかったが、呼吸のたびにわずかに胸が上下しているのが分かる。--とりあえず、死んではいないらしい。
おい、起きろよ。えーと、果歩……果歩ちゃん?
 身体を屈め、英司は果歩の肩に手をかけた。
ガキに触るな、このクソ野郎。
 背後から激しい怒号が発せられたのはその時だった。
 振り返ると暗がりの中に人影が立っている。
 篤志だった。

 頭に大きな傷を負ったらしく、流れ出た血が砂埃とまざってその顔を彩っている。
 そして篤志の手には、一本の鉄パイプが握り締められていた。

え? あ……いや。
 さすがにその姿に気おされた。

 はっきり言って、腰を抜かしそうなくらいには狼狽している。

 篤志はただ鉄パイプを〈持っている〉だけではない。いつでも英司に襲いかることの可能な体勢――。そしてそれを望んでいるとしか思えない表情だった。
 あんなものを食らったら無事では済まない。
 英司はホールドアップして立ちあがり、果歩から1歩離れてあとずさった。

ガキは死んだのか。
死んでない……と、思う。意識はないけど。お……俺はただ、怪我してないか調べようとしただけで、別に……。
どうだかな。
俺は丸腰だぜ。とりえず鉄パイプ下ろしてくれ。――それとも無抵抗のヤツをブチ殴る趣味でもあんのかよ?
………………。
 わずかに逡巡があった。
 だがゆっくりと構えていた鉄パイプを下ろすと、篤志は手近にあったソファに倒れこむようにどさりと腰を下ろした。

 長いため息に、疲労と苛立ちが籠もっている。

怪我してるぜ、あんた。結構派手に流血してっけど……。
知ってるよ、そんなこたぁ……。
……い、痛くないのか?
痛えに決まってんだろうが。くだらねえこと聞くな!
 そうどうやしつけられて、英司は身をすくめた。

 言わずもがなのことを言ってしまったのだという自覚はある。……が、見ているだけで気分が悪くなりそうな出血量だというのに、篤志があまりにも平然としているのが不思議でならなかった。

『いや、全然痛がってるように見えねえし。もし俺なら、そんな怪我したら立ち上がる自信、ないよ? 第一何なの、その〈いつでもどこでもめっちゃ臨戦態勢〉ってか、戦場帰りの乱暴者みたいな雰囲気。ダムで働くとそうなんの? いつも工事しながらヒグマとでも戦ってるとか?』

 そう言ってやりたい気持ちは山々だったが、ここは口を噤んでいるほうが得策そうだった。

 この状況では他ならぬ篤志こそがヒグマみたいなものだ。

え、えーと。


あんた、篤志さん……だったよな? 他の連中を見たか? フクスケさんや百合さん。それともうひとりの……。

いや……。
 篤志は面倒くさそうに答えた。
 シャツの袖口で顔の血を拭う。まだ血は乾いていない。何度拭ったもまたすぐ新しい血が流れてくるのが鬱陶しくて堪らなかった。
じゃあ、俺たちだけが〈呼ばれた〉ってことか……。
呼ばれた? 誰にだよ。
誰にって……あんた見なかったの?
あの男か。穴の底にいた白髪頭の……。
 篤志もまた、あの青年を目撃していた。
 落下は一瞬のことだったが、篤志は落ちて行く時に茂があの青年に吸い込まれるように消える目撃してもいた。
お伽話に呼ばれたっていう気もするけどね。
ひどい有様だよな、ここ。でもまあ……あの時の状況考えれば、燃え残っただけでも奇跡か。
 崩れた天井を見上げ、英司が呟いた。
 いつかはこの場所に戻ってくるのだろうと思っていた。戻るとすれば〈まともな手段〉ではないだろうとも。
 ……まさかRPGゲームのモンスターさながらに召喚されることになるとまでは考えていなかったが。
〈あの時〉……?
え?
おまえ、ここがどこか知ってんのか。

 英司は目を見開いて篤志を凝視してしまう。そんなことを尋ねられるなんて、思ってもみなかった。

 篤志はお伽話を知っている、と百合は言っていた。

 だから英司は、何の疑いもなく……篤志もまたあの惨劇の目撃者なのだと思いこんでいたのだ。

あんたは知っているんだとばかり思っていたけどな。
ああっ? もったいぶったこと言ってねえで質問に答えろよ。ここはどこなんだ。
大間だよ。
……何だって? オーマ?
ここは大間団地のなれの果てだ。そう言ったんだよ、篤志さん。

◆作者をワンクリックで応援!

3人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ