ハロウィンナイトカフェ

トイレ1「奥から4番目の個室」ヤドナシ

エピソードの総文字数=2,703文字

「奥から4番目の個室」ヤドナシ

yomogi

私は幽霊……いつ頃死んだのか、なぜ死んだのかは思い出せない。というか、自分が何者であったのか性別さえ思い出せない。気がついたら体を失ってふわふわと宙に漂っていた。他に思い出せることは何もない。
……。
性別くらい自分で姿を確認すれば分かるだろうと? ふむ、確かに他にもそう言う人はいるだろう。しかし見よ、この体を……。
子どもの絵本に出てくるような勾玉型の姿を。これでは男か女かインナーセックスかも分からない。服を着ているのか裸なのかも分からない。さすがに裸であればちょっと恥ずかしいが、私自身にも分からない上、普通の人に幽霊の私はまず見えない。
つまり、問題ない、のである。
……。
そう、幽霊になった以上、多少人からかけ離れた姿でも性別が分からなくても支障はない。 おそらく生前の私も適当な人間だったのだろう。私は今の生活を楽しんでいる。今の生活というのは、このトイレでの生活のことだ。んっ? なぜトイレにいるのかって? それは私にも謎だ。幽霊になってからというもの、私はトイレにしか現れることができなくなっていたのだから。
……。
おそらく私は地縛霊の一種なのだろう。しかし、私の知る地縛霊と一つだけ違う点がある。それは、私の縛られる場所が一箇所に固定されないことだ。どういうわけか、私はトイレからトイレであれば、どこへでも自由に行き来することができる。学校の女子トイレでも市役所の障がい者用トイレでも、一瞬で好きなところへ行けるのだ。
……。
移動はもちろん、トイレの水に流されることで可能になる。ひと度私がトイレの奥に吸い込まれれば、「行きたい」と願ったトイレに一瞬で現れることができた。ちなみに水は自分で流せる。普段は宙に漂うだけだが、ここぞという時には物に触ることもできる。私はできる幽霊なのだ。
……。
ああそう、水に流される必要があるから、同じトイレでも私は水洗トイレにしか移動できない。昔の「ぼっとん便所」とか、ああいうタイプは無理だ。「どこへでも」というのは語弊があった。訂正させてもらおう。
それからもう一つ、トイレへの移動には条件があるらしい。それは、必ず奥から4番目の個室でないと私は移動できないということだ。つまり、図書館の男子トイレから大学の職員用トイレへの移動はできるが、同じ男子トイレで奥から4番目の個室から2番目の個室へ移動することはできないということだ。
……。
これは私の死因に関係あるのかもしれない。私がいつ、どこで、なぜ死んだのかは覚えてないが、きっとどこかのトイレで奥から4番目の個室で死んだのだと思う。隣の個室やその一つ向こうの個室がどんな空間になっているのか、いつも気にならないといえば嘘になるが、まだまだ奥から4番目の個室は無数にある。それらを制覇してからでも、この奇怪なルールを破ろうとするのは遅くないだろう。
……。
んっ、水に流されるなんて汚いと……? 
急に話が元に戻ったな。確かに、私も最初はそう思っていた。しかし、私は幽霊。基本的には幽体の身。そもそも普通にしていればあらゆるものを突き抜ける。その気になれば汚水の流れに身を任せつつ、実際には水に触れないことなど朝飯前だ。もっとも、幽霊だから朝飯は食べない。
……。
いずれにせよ、私は毎日好きなトイレに現れて生活している。ある時は美術館のトイレに、ある時は駅のトイレに、ある時は百貨店のトイレに現れて、そこに訪れる人々を驚かして楽しんでいる。そう、普段は見えない私でも驚かせたいときには姿を見せることができる。朝飯は食べないが驚かすのは好きだ。きっと私は幽霊に向いているのだろう……んっ? こんな姿で驚かせることができるのかと?
まあ、考えてもみてほしい。確かに長い髪垂らしたいかにもな幽霊が現れたらとても怖い。しかしだ、実際私みたいなタイプの霊が現れてもなかなか怖い。一度トイレのドア越しに鏡を見た私は腰を抜かした。この姿では腰もないからもちろん比喩だが、夜中にこんなのっぺりした存在を目にしたら誰だってびっくりするだろう。
……。
子どもの絵本に出てくるような姿だからといって侮ることなかれ! このフォルムは普通に怖い。私を見て驚いてくれた人々はゆうに数十人を超える。そう、今まで私を見た人全員だ! 私はできる幽霊なのだ。
……。
うむ……確かにそれは認めなければならない。君は私を見ても怖がらなかった。私にとって初めての経験だ。去年も私はこの店にやって来た。同じハロウィンの時期だった。多くの人がハロウィンの衣装に着替えるためここにやってきた。君と同じようにトイレの個室を借りて、持ってきた衣装に着替えようとした。その一人一人を私は驚かせてきた。今年もそれを楽しみにしていた。
だが君は……私が驚かしてきた人の誰よりも小さかった君は……私を驚かなかった。代わりに私に話しかけた。「あなたは誰?」と。幽霊になってから私にとって初めての経験だった。
……。
ああ、君を驚かせなかったことは悔しいが、久しく人と会話していなかった私には素晴らしく甘いひとときだった。逆に私を驚かせたご褒美だ。これを君にあげよう。
来年もまた、この時期にトイレの奥から4番目の個室にやってくることがあるなら「トリック・オア・トリート!」と口にするんだ。私と君の一騎打ち。相手を驚かせた方が次はお菓子をあげる。そういうことにしようじゃないか。
……。
(ねえ、まだなの〜? いいかげん着替え済ませて出てきなさーい。)
おや……? どうやらお母さんが待ちかねているようだ。私もそろそろ次の人を驚かせるとしよう。かわいい魔女っ子さん、行っておいで。来年は私も負けないように準備してこよう。それではまた、ハッピー・ハロウィン!
……。
ふう……久々に人と話した。今まで驚かしてばかりだったが、たまにはこういう時間を過ごすのも悪くない。
(もう……遅かったわねぇ、何してたの? えっ、奥から4番目の個室にお化けがいた……? 何言ってんの、ここのトイレは個室3つしかないでしょーが。)
……なに?
……じゃあ、私のいるこの個室は何なのだ? 奥から4番目でなければ私は移動できないはず……。
ガチャリ

yomogi

(ほら、やっぱりトイレ3つしかないじゃない。誰もいないでしょ。えっ、さっきの個室と違う? そんなこと言っても……)
ドア越しにさっきの母親の声が聞こえてくる……どうやら、私はあの子に驚かされただけじゃ済まないらしい。この「エブリシング」という喫茶店自体が、私に不思議な悪戯を仕掛けてきたようだ。
やれやれ……来年こそはこちらが驚かしてやるぞ。そう、私はできる幽霊なのだ。

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