いかに主は導きたまうか。

16. Hierarchy 霊地京都。

エピソードの総文字数=2,345文字

  京都が初めての務めだった。それまではアルバイトはやっていたけど、全然違うと思感じた。時間の過ぎるのが早いこと早いこと。気がつけば夕方になっている。最初のころ、彼女に会いたさで、終業時間には脱兎のごとく会社を出ていた。職場には年配の女性が一人おられたのだが、この人がボクのこの有り様に非難を始める。「新米のくせに生意気だ」とのことだった。かなり激しい怒り方だった。事情を説明しても通じる訳がないので沈黙していた。かなりキツいタイプの人。細い、つり上がった目をお持ちの方で...。まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど、この女性が言った言葉でとても印象に残っているものがある。それは「私たちも、そうだったんだから」というものだ。まわりの叔父樣方の[なだめ]に対しての台詞だった。なんとなく「職場の倫理として、ここはそうなのだ」とは理解した。でも思ったのさ「何がそんなに気に障るのだ?」と...。[された]から[そうする]は、救いのないもののように聞こえた。たしかに[インプット]なくして[アウトプット]はありえない...。これは現実だろう。ではどうすればいいのであろうか?...。*最弱な考えであろうが、学校、先生、教材しかないと思う。

  いかなる職場においても、この手の女性は絶えずおられる。ボクとの相性は抜群である。彼女らが英語が話せたならこう言うだろう、”I was just compelled to hurt him.” と。天敵としての天の配置であるので文句は言えない。最凶は看護婦さんであるケース。ストレスのあるお仕事なのだろう...。*ヘルパーは看護士さんの指示下、監督下にある。

  京都は ”品格” をたいへん重んじる場所であった。*[品性]と[格式]のセットである所が奥ゆかしくも稀有である。身分の序列、そして【彼我】の立場の違いをハッキリさせている。どこでもそうなんだけど、それを暗黙の了解ごととしたうえでの踏み込みと、そのあとの振る舞いが他所とはまったく違う。これはお客さんとのやり取りで感じたことだ。「求めには絶対に忠実であるのが当たり前でしょう」の無言のプレッシャーをよくかけられた。また、「何々さんとこは、上手にやってくれますのにね〜」とか、「おたくは、なんぼでも無理言ってもきいてくれはるええ会社やったのに〜」とか語りの表現力が素晴らしい。また、上辺と本心のわきまえ、その使い分けが芸術のようであると感じた人もいた。そして険を暗に含んだ、ほめ殺し...。これを聞かされるのは堪ったものではなかった。すぐには消えないを恥辱を心に残すのだ。巧みの印象操作術だった..。殆どは三◯重◯のおばさまとのやり取りでの記憶だ。初心(うぶ)なボクなんぞは最初の頃に、即座に「キャン」言わされてしまう。言われるがままに、こちらの都合関係無しに商品を引き取りにいかされたり、細々とした商品の持ち込み、陳列のルールを守らされたりがあった。この方は心底怖かったので必死で求めに答えようと努力(無理)をした。不思議とある程度のやりとりがあった後は、人間が変わったかのように親身な有り様に変わられた。取りあえず、付き合いに足りる関係者とは認められたのであろう。京都人の心の深さたるものの片鱗を見たような気がした。これが京都の文化なのだろうと思った。女性同士のイケヅも側で拝見させていただいたことが在るのだが、お互いを鍛え合っているようにしか思えなかった。
  ここ京都には一般の生活の中にも[意識的である為の技術]が文化として生き残っているのだと思った。あんまり鈍いと相手にしてもらえない。起源は戦乱の歴史だけなのか?、仏法の理解者から庶民への[何か]の流入もあったのではないだろうか?。
*お寺における仏法を理解するための修行研鑽の成果として現れてきたテクネー(techn)...。

京都は秘教の生きずく霊地だと思った。

また、夢の生き残る場所だとも。
なんで、あんな若者の夢みたいな小さな喫茶店がやっていけるのだろうか?

補記:
この格差、不平等において(G)は興味深い話をされている。一部抜粋いたします。

G:自然界のあらゆるものはそれ自体の目標と目的をもっており、人間が不平等であり、
  その苦しみが不平等であることにも目標と目的があるのだ。不平等の破壊は進化の
  可能性の破壊を意味する。苦しみをなくすということは、
  第一に、人間がそれゆえに依存している一連の知覚全体を殺すことでなり、
  第二に〈ショック〉の破壊、つまりは状況を変えることの出来る唯一の力を破壊
  することになる。(Fragments P.476) 

  たえず意識的でありつづける努力の先に覚醒がある。相手との関係のロール(role)、役割分担が明確になって、初めて緊張感のある交流(ドラマ)がある。相手との比較において、妬み嫉み等の否定的な感情が色を表す。〈ショック〉は彩りのあるドラマのなかで自在に起ってくる。覚醒のための契機となる。苦しみの最中に何かを理解しなければならない。

  時代的には共産主義の理念において語っているのだと思う。実際は、その後のあり方を見るに、組織としての名目の上に階級制は再構築されている。新たなる不平等が内在していると伝え聞く。

*格差づけが大好きで嫌な仕事は下に押し付ける、自分は高みで胡座をかいて楽をしていたいとする人たちが、ボク自身は大嫌いである。これは意識的な小さなユニットで自主的に変えてくしかないと思う。現れては消える奇跡のようなグループ。そういった場にいつか在れことを願っています。主が指し示すなら、いつか.....。

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