もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『神を信じるおじいさんと、人間を愛するツァラトゥストラ』

エピソードの総文字数=2,822文字

山を降りていくツァラトゥストラは……
「♪ある日、森の中、おじいさんと、出会った♪」
   「♪ある日、森の中、おじいさんと、出会った♪(輪唱)」
「テンション高いな君らは」
「残念ながら、花咲く森の道~♪とは書いてないですねー」
「でも、ツァラちゃんはダンスを踊るように歩いてきたって書いてあるから、きっと素敵な道だったんじゃないかしら」
「足取りも軽く、というところか」

老人がツァラトゥストラにこう言った。


「初めてではないな、この旅人は。何年か前、ここを通った。ツァラトゥストラという名前だった。だがこの旅人はすっかり変わってしもうた。


 ~中略~


 すっかり変わってしもうたな、ツァラトゥストラは。子どもになったのだ、ツァラトゥストラは。目覚めたのだ、ツァラトゥストラは。眠っている人間たちのところで、さて、何をするつもりなんじゃ?」


 ~中略~


 ツァラトゥストラは答えた。「人間を愛してるんだ」

「ひゃー! 突然の告白きましたー!」
「人間愛よ! そしておじいさんまで愛の告白っ!」


(うっかりツァラちゃんとおじいさんのカップリング想像してしまいましたわ!)

少々暴走気味の乙女心に、一人赤面する早乙女れいかであった。

「なんで」と、その森の聖者が言った。「わしは、人気(ひとけ)のない森に入ったのか? わしが人間をあまりにも愛していたからではなかったか?

 いま、わしは神を愛しておる。人間を愛してはおらん。人間はわしにとって、あまりにも不完全じゃ。人間を愛したりすれば、この命がもたない」

「老人も元々は人間を愛していたと言っているな。それが神を愛するように変わった。ということだ。『人間を愛したりすれば、この命がもたない』とは、なかなか面白い表現だな」
「愛は永遠です! でも人はいつか絶対死んじゃいます。おじいさん、最愛の奥さんに先立たれて、自分も死んでしまいたくなって、それで森に籠ったんですよきっと。そして、神の愛を知ったのです!」
「おもしろい。だが、書いていないことまで深読みしていないかい?

 おそらく、完全な神は愛することができるが、不完全すぎる人間は愛せない。とこの老人は言っているのだろう。

 神を愛する者としての聖者、つまり聖職者だな。聖職者は神を愛していて人間を愛してはいないとツァラトゥストラは言っているように読める」

 ツァラトゥストラは答えた。「どうして俺は愛の話などしてしまったのか! 俺は人間にプレゼントをするんだ」

 「何も与えるな」と、森の聖者が言った。「むしろ人間から何かを取ってやって、そいつを一緒に背負ってやれ。──それが人間にたいする一番の親切じゃ。もっとも、あんたが嫌でなければの話だが!

 しかし、どうしても与えたいんなら、施し物だけにすることだ。しかも、お恵みくださいと言わせることだ!」

 「いや」と、ツァラトゥストラは答えた。「施し物はしない。施し物をするには、俺には貧しさが足りない」

「ツァラトゥストラが人間にプレゼントしたいと言うのは知恵のことだろう」
「比喩が多くてむつかしいですけど、知恵をプレゼントしたいツァラさんに、おじいさんは、『何かあげるぐらいなら、逆に何かを取って、一緒に背負ってやれ』って言ってるんですよね。知恵だけじゃないですよね、きっと。『何か』ってなにかしら?」
「知恵も含むのでしょうけれど、罪とか、真理、とか、いろいろ入りそうですわね」
「そして、それを人間と一緒に背負ってやるのが一番だ。と老人はいっているわけか。なかなかよい事を言っているじゃないか」
「でも、どうしても与えたいなら、施し物にしろともいってますよね、おじいさん」
「そして、ツァラちゃんはそれは絶対イヤだ。って断ってるのですね。このあたり、ちょっと不思議ですわね」
「たとえをつかった価値の逆転。このあともよく出てくるが、貧しいものほど裕福で、施すには貧しさが必要で……。と、どうも普通の単語の意味とは逆を指しているように読めるな」
「たとえと言えば、ですけど、結局、このツァラさんってニーチェさん自身なんですよね、きっと。ニーチェさんの言葉をツァラさんっていう『たとえ』を借りて語ってるのですよね」
「30歳から10年間、ニーチェさん山に籠ってたのかしら?」
「まあ、いうなればそれも「たとえ」だな。『この人を見よ』にその時代のことがいろいろ書かれているよ。ほとんど10年間分考えに考えて、この人類へのプレゼントである偉大な本を書く知恵を『山の洞窟』で身に着けた。ということだろう」
「じゃ、聖者のあなたは、森で何をしているのですか?」と、ツァラトゥストラはたずねた。

 森の聖者が答えた。「歌をつくって、歌っておる。 ~中略~

 歌い、泣き、笑い、うなってわしは神を称える。わしの神をな。さて、あんたは何をプレゼントしてくれるのかね?」


 ツァラトゥストラはその言葉を聞いてから、森の聖者にお辞儀して、言った。「与えるようなものなんて、もっていませんよ! さあ、もういかせて欲しい! あなたたちから何もとったりしないように」。


「『子供のように笑いあって二人は別れた』とありますけど……」
「人にプレゼントをしたいと言っているツァラトゥストラは、その同じ口で『与えるものなんてもっていない』と言い、人から奪えと言っている老人に向かって『あなたたちからなにも取ったりしないように』と言う。

 まあ、これは冗談のようなものなのだろうな、きっと。お互いに違う意味を読みあって笑っている。ニーチェの皮肉っぽさがギャグとして効いてる気がするね」

「ちょっと皮肉っぽい。ですよね。そして……次に書かれていることが、ほんとびっくりなんですけど」
 ツァラトゥストラはひとりになったとき、自分の心に向かってこう言った。「こんなことがあるのだろうか! あの老人の聖者は森のなかに閉じこもっていて、まだ何も聞いてないのだ! 神が死んだ、ってことを」──
「来ましたわね、この言葉が……」
「ショック! 神が死んだですって!?」
「この言葉だけひどく有名だが、ひとみ君は知らなかったのか」
「え、えと、生きてます、よね、神さま…、永遠に生きられてるはず、あ、いえ、どうなのかしら、生きるとか死ぬとか超越されてる気もしますし……、うーん…??」
「すくなくとも100年くらい前に死んじゃったみたいなのよ。神様。それをニーチェが明らかにした。ってされているわね」
「明らか……、なんですか?」
「さて、どうなのだろうな。言いふらしたことは事実だが。すくなくともこの本がわが校で閲覧禁止になっている理由ではあるだろうな」
「そ、そんな……」


(で、でも、きっと、たぶん、これだけ皮肉に逆転したことばっか言ってるツァラさんなんだから、これも冗談のはずよ……逆の意味なんだわきっと……)

(本当に知らなかったのね……)
(ひとみ君は、ニーチェがなぜ禁書されていると思っていたんだろう……? 謎だ……)
〈つづく〉

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