退魔天使は聖夜に踊る ~復讐の乙女~

【8】親友、家族、仮初めの家庭 2

エピソードの総文字数=3,407文字

 二人一緒に部屋を出て、俺は食堂で紅茶の用意、そして海紘ちゃんは弓槻を部屋から誘い出す役、ってことで途中から別行動になった。

 俺はまっすぐ食堂に向かい、暖房近くの席にお茶のセッティングをして二人を待った。


「こねぇなあ……。やっぱダメか」

 なかなかやって来ないので、心配になって様子を見に行こうと食堂を出たところで、俺は二人に鉢合わせた。

「おまたせ~、連れてきたよ」と海紘ちゃん。

 その海紘ちゃんに、お通夜みたいな顔で連行されてきた弓槻が俺の顔を見た途端、鷹の目でにらむ。
 しかし逃亡は許されない。俺は精一杯の愛想を振りまいた。

「や、やあ……お茶の用意、出来てる……よ」


 銀色のお盆を持つ手が震える。
 先日、彼女に剣先スコップで思いっきり殴られた記憶が蘇る。
 やっぱり、直接顔を合わせると、気まずいというか少々怖いというか。

 正直自分がこんなにビビリだとは思わなかった。
 普段はクッソでかい異界獣も平気でブチ倒してる俺様なのに。
 えらく滑稽な話だな。

 弓槻も弓槻で、俺の顔を見て殴りかかったり、踵を返す様子がないところを見ると、やはり海紘ちゃんの説得なり脅迫なりが功を奏しているのだろう。


「ほらほら。席について~」

 海紘ちゃんが弓槻の背中をぐいぐい押していった。
 そして、俺がティーポットにティーバッグとお湯を入れている間、海紘ちゃんはケーキの箱を開けて弓槻に見せた。

「はーい、好きなの選んで~」

 弓槻が箱を覗き込むと、ボソリとつぶやいた。
「――ずるいよ。全部好きなのじゃん……」

「うん、知ってる」といたずらっぽく笑う海紘ちゃん。「でも今日は二個までだよ。みんなで食べるんだから」

「む――――」と唸る弓槻。どうやら弓槻は全部食べたいみたいだ。

「んだよ、食欲ちゃんとあるじゃん」俺は、カップにお湯を注ぎながらぼやいた。
「この子もともと食いしん坊だもん、食べないでいられるわけないわよ」
「ちょ、ヘンなこと言わないでよ、海紘!」

 弓槻がぷりぷり怒り出した。
 でも、お通夜だったり睨んだりされるより、はるかにマシなのは確かだ。
 あんなことさえなけりゃ、食い道楽な俺と気が合いそうだったのにな。

「あー、そんじゃ俺のはいいから。そしたら四つ食えるだろ? な?」
「べ、べつにあんたにくれなんて言ってないし、めぐんでほしくないし、そんな程度で許したりしないんだから」

 お前はどこのツンデレだよ。

「そんな下心ねえよ。このケーキは海紘ちゃんがお前のために持って来たんだから、好きにすりゃいい」
 そう言いながら、俺はみんなのカップのお湯を捨て、紅茶を注いだ。

「また持ってきてあげるから、今日は二個でがまんなさい、弓槻」
「しょ、しょうがないなあ……」弓槻がぷーっと頬をふくらませた。

 二人がお皿にケーキを取ったあと、俺は弓槻の皿にもう一つケーキを乗せてやった。

「え、……いいの? 多島君」きょとんとした顔で俺を見る弓槻。
 俺はこくりと頷くと、「初めて名前呼んでくれたな」と言った。

 照れ隠しなのか何なのか、弓槻はまた不機嫌な顔になると、いただきますと手を合わせ、一口紅茶を啜ってからレアチーズケーキのセロハンを剥がし始めた。

「よかったね、一つ増えて」海紘ちゃんはニコニコしながら言った。
「食えるんなら、こっちも食っていいぞ。あんまメシ食ってないだろ?」
「……天津飯、食べたもん……」

 弓槻は下を向きながら、レアチーズケーキを口に運んでいる。

「そっか。よかった」

 あれから弓槻の部屋に行ってなかったので、完食したかどうかわからなかった。食べてくれたなら、それでいい。

 ケーキを食べながら二人を観察していると、主に主導権を握っているのは海紘ちゃんのように見える。
 きっと弓槻はお姉ちゃん子で、普段は姉の後にくっついて歩いて、外交的なことは姉任せにしていたクチかもしれない。

 ……なんて、想像でしかないんだけど。


 二人はおやつを食いながら他愛のないおしゃべりを続けていたので、俺は部屋から読みかけのマンガを持ってきて、お茶を飲みながら続きを読んだ。

 女子会に割って入れるような話題も持ってないし、感性も合いようがない。
 でも席を外すと海紘ちゃんが怒るので、やむなく同席しつつ読書をしているわけで。

 海紘ちゃんは俺と弓槻を仲直りさせたいんだろう。
 そんな必要ないんだけど。だって俺、年明けまでここにいるかどうかわかんねぇし。

 俺なんか、さっさとここから消えた方が弓槻の、いやお互いのためだと思うけど、あいにく教団本部からは移動の命は出ていない。

 恐らく、俺の回復を待って仕事に復帰するのを期待しているんだろう。それもそうか。いまこの街は、危機に見舞われているのだから。


 日も暮れかけてきたので、女子会は終了。
 俺は海紘ちゃんを家まで送ることにした。一緒に外に出ると、冷たい風が肌を切る。

 ううっ、と震えていると、海紘ちゃんがペコリと俺にお辞儀をした。
「今日はありがとう」

「え、なんで? ごちそうになったこっちがありがとうだと思うんだけど……」

 ううん、と首を振ると海紘ちゃんは言葉を続けた。
「あの子、少し元気になったから」
「俺なんもしてない。海紘ちゃんがケーキ持って来たからでしょ」
「お昼も食事運んでくれたっていうし、さっきもお茶いれてくれたし。気に掛けてくれてありがとう」
「いや……俺はそんな……そんなんじゃないから」
 俺は、澄んだ目で俺を見つめる海紘ちゃんに申し訳なくて、顔を背けた。

「別に謙遜しなくても――」
「ホントにそうじゃないんだ。葬式のときの弓槻を見ただろ? あいつは俺を憎んでいるんだ。殺したい程な」

 海紘ちゃんは弓槻のお姉さんの死因について、詳細を知らないはずだ。……多分。

「……あれって、八つ当たりしてたんじゃなかったの……?」
 困惑する海紘ちゃん。
 君にはそういう風に見えてたのか。

「俺からは詳しく言えないけど、お姉さんの件で俺が恨みを買ってるのは確かだよ」
「ふうん……」

 とそれだけ言うと、海紘ちゃんは追求してこなかった。時が来れば弓槻自身から話があるだろう、と思ったのかもしれない。

 二人で雪の残った歩道を歩いていくと、あちこちにクリスマスのイルミネーションが瞬いていた。
 せっかくだから電飾を、というレベルじゃなくて、最早住民のみなさんは一体何と戦っているんだろう、ってくらい豪華絢爛だった。
 ここまで明るいと、ケモノもなかなか近寄らないような気がする。

「きれいね」
 五分ほど歩いて、海紘ちゃんが口を開いた。
 帰り道だから、何度か見ているはずなのに、今初めて見たように言うのは何故だろう?

「そう……だね。あの――」
「ん?」
「危ないから、夜はあんまり出歩かないように」
 海紘ちゃんはくすりと笑うと、
「お父さんみたいなこと言うのね」と言った。
「ホントに危ないから、暗い場所には絶対近づいたらダメだよ」
「なんでそんなに必死なの? ヘンなの」
「最近、いろいろ物騒だから」

 物騒なんてもんじゃない。人が死んでいる。そして多分、これからもっと死ぬ。
 ……だから夜は、ダメだ。


 いくらもしないうちに海紘ちゃんの家に着いた。
 そこは交差点にほど近い、二車線の道路に面した三階建ての小洒落たケーキ屋だった。

 二階・三階は明かりが点いていなかったから、おそらく住居だと思われる。
 店頭には三台分の駐車スペースとテラス席、店内にも数席のテーブルがあって、購入したケーキが食べられるイートインになっている。

 俺が着いた時には、凍えるテラス席はカラッポだったが、店内では二組ほどの女性客がおしゃべりを楽しんでいた。

「レジの奥にいるのが、多分お父さんとお母さん?」
 俺は訊ねた。
 娘の帰宅に気付いた彼等と目が合うと、軽く会釈をされたので、俺も会釈を返した。

「うん。コーヒーでも飲んでいく?」
「いや、いい。ここで帰るよ」

 と俺が言うと、「そう」と少し残念そうに海紘ちゃんは言った。
 じゃあ、と手を振って俺はそのまま歩き出した。

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