頭狂ファナティックス

常盤七星

エピソードの総文字数=5,241文字

 翌朝、銀太たちは日が昇るとともに――と言っても、十二月の下旬だったために一年の中でも特に日の出は遅い時間だったが――ショッピングモールに向かった。
 ショッピングモールの正面入り口には二人の男子生徒が守衛をしていた。三人が近づいてくるのを認めると、立ち尽くしているのも辛い寒さの早朝からさっそく訪問者のお出ましということもあり、また学園が封鎖されて以来援助を求める訪問者がひっきりなしに訪れていたこともあり、守衛はうんざりといった顔を見せた。銀太が常盤先輩に会わせて欲しい、と言ったときにも、守衛は取りつぐつもりもなく、ぞんざいに三人を追い返そうとした。
 しかし銀太と守衛の押問答を後ろの方で興味もなさそうに聞いている女生徒が生徒会庶務の瀧川紅月だと気がつくと、守衛は打って変わって慇懃になり非礼を詫びたあとに、一人がショッピングモールの中に入っていった。相方が取り次ぎをしているあいだ、その場に残った方の守衛は物珍しさから紅月に何かと質問をしていたが――例えば、瀧川さんもここの仲間に入るんですかとか、学園の封鎖について何か教えられていないんですかとか――紅月は素っ気なく相槌を打つだけで、具体的な回答は何もしなかった。
 三人がいいかげん凍えるほどに寒い屋外で待たされるのにも苛立ち、秋姫に至っては身体を温めるためにあたりをうろうろ歩き回っていたとき、ようやく取りつぎに行った守衛が戻ってきた。常盤さんはあなた方にお会いするとのことです、との返事だった。取りつぎをした守衛がそのまま案内役になり、三人の前を歩いていった。
 ショッピングモールは四階建てで、建物の中心には一階から上のフロアを突き抜いた巨大な吹き抜けが開いていた。その構造は三つのフロアが矩形に刳り貫かれているというよりも、むしろ中空を幅の広い通路が囲っているといった印象だった。その通路に接して建物の外縁に店舗が並んでいた。早朝ということもあり、ショッピングモールの住人たちはまだ眠っているようで建物の内部を行き来している人間は少なかった。銀太たちは案内役の守衛に先導されてエレベーターに乗った。守衛は最上階である四階のボタンを押した。エレベーターに乗っているあいだ、銀太は紅月に気になっていたことを聞いた。
今日はずいぶんと冷淡な態度を取るね。朝に弱いわけでもあるまいし。
やむを得ないこととは言え、常盤先輩に会うのに気が進まないんだよ。あの人は空白組の中でも抜きんでてイカれているからな。
 守衛もその言葉を聞いており、紅月の方に振り向くと、その気持ちわかります、といった具合に微笑んだ。
 守衛に案内された場所はぬいぐるみ専門店だった。常盤さんはこの店を寝床にしているんです、と言い残し守衛は本来の仕事に戻っていった。三人は店の中に入った。
 そこには常盤七星が片手を腰に当て、首を軽く傾け、実際のところ三人がここに来るまでに十分も経っていないはずだったが、三時間も待たされたぞ、と主張するように立っていた。
 七星は女生徒だったが、白いワイシャツとインディゴで染めたジーンズを着ており、男のような格好をしていた。長い黒髪を後ろで縛り、その尾を半分に折り返して、後頭部のところでシャコガイのような形をしたオレンジ色のバレットで留めていた。その眼光は野禽のように鋭く、無表情だったために、銀太と秋姫は早朝から面会の用事を入れられて不機嫌なのかと思ったが、多少なりとも七星を知っている紅月はむしろ上機嫌な方だと判断した。
久しぶりだな瀧川。学園が封鎖されてから会うのは初めてか。そちらの二人とは初対面だな。私は生徒会会計の常盤七星だ。とりあえず腰をかけたまえ。
 七星は無表情を崩して微笑を浮かべたが、その笑い方というのが威嚇するような調子だったので、銀太と秋姫は些か怯みながらそれぞれ自己紹介を返した。
 テラスで使うような木目が浮いている円形のテーブルと四脚の椅子が部屋の中央に用意されていた。七星が上座にある椅子に座ると、その正面に紅月、紅月から見て左手に銀太、右手に秋姫が座った。銀太は部屋を見回し、商品棚がすべて壁際に寄せられ、そこにぬいぐるみが詰め込めるだけ詰め込まれているのを認めた。何百という作り物の目がこちらを見ている。大量のぬいぐるみに加えて、星柄のついた淡い桃色の壁紙が使われており、部屋全体の少女趣味と常盤先輩の態度はひどく食い違っているな、と銀太は思った。
こんな朝早くから一体何の用件かな?
 七星はテーブルに右肘をつき、その手のひらに顎を乗せながら聞いた。七星との交渉は一応の面識がある紅月が一任することになっていた。
常盤先輩は持って回ったものの頼み方がお嫌いでしたよね。なので率直に言います。俺たちと協力関係を結びませんか? 常盤先輩は吾妻先輩と戦闘になったんですよね? ほとんど同じとき、俺も清美先輩と戦ったんすよ。
確かに私は吾妻を殺害した。そして瀧川が清美を殺害したこともすでに聞いている。戦闘になった理由はそちらも生徒会役員としての義務を放棄したからだろう?
そのとおりっす。さすがに情報を手に入れるのが早いっすね。それでですね、清美先輩と戦ったあとに、今後もこのようなことがあるならば多勢に無勢ではいけないと考えたわけです。理事会側が俺たちの殺害命令を取り下げたとは言え、他にどのようなもめ事に巻き込まれるかわかったものじゃない。そこで一番同盟を組みやすそうな人間が誰かと考えると、常盤先輩なわけっすよ。俺たちは互いに空白組ではぐれ者だ。他のクラスメートが群れているんだから、俺たちが組んだところ文句を言われる筋合いがあるっすかね?
正直に言えば、そちらが提供できるものは食料や拠点、安全など多岐に渡るが、こちらから提供できるものは戦闘力しかない。しかし俺も空白組の一人だ。そのコンプレックスまでは知らないこともあり、常盤先輩とタイマンを張れるとは言わないっす。けれどもこのショッピングモールにいる人間なら百人を相手にしても俺は勝てる。俺たちが組めば、戦闘において負ける要素などなくなるとは思わないっすか?
確かにそのとおりだ。私としても、空白組の人間が味方についてくれれば非常に有利に物事を進めることができる。しかし瀧川は次にこう言うのだろう? 他の二人もその同盟の中に入れてくれと。そうでなければ、二人がここにいる意味がない。
相変わらず物事の察しがいいですね。こちらも話がスムーズに進んで助かります。けれども安心してください。こっちの大室銀太は……。
昨日、守門と戦闘をして勝利したんだろ?
 紅月を先回りした七星の言葉に、銀太以外の二人は驚いた。銀太は恒明が約束通りに決闘の情報を常盤に流していることを内心で感謝した。
そのとおりっすけど、昨日の今日で、よくご存じで……。
私も情報が出回るのが早すぎるのと、誰がどのように何の目的でこの情報を流したのかが不明瞭なのが引っかかるがな。しかしそれは大室くん本人に聞けば済むことだろう。きみはあの守門に勝ったのかい?
 七星はあからさまに勘繰る目つきを銀太に寄こした。決闘の勝敗に何か裏があることを確信しているのは明白だった。銀太は相手の異常な勘の良さへの動揺を隠しながら答えた。
確かに僕は守門先輩と決闘して、勝利しました。と言っても、二人とも瀕死まで追い込まれて、勝負を終わらせるために向こうから折れてくれるような形でしたが。
瀕死まで追い込まれて、ね。そのわりにきみはぴんぴんしているように見えるが。
そのことについてはこちら三人の誰かのコンプレックスが関わっているとしか言えませんね。
なるほど、つまりそちらの戦力に申し分ないということだな。そこのお嬢さんについても聞いた方がいいかい? それとも埜切さんのことは後回しにして話を進めた方がいいか? 彼女についての噂は私も聞いたことがない。
秋姫先輩については後回しでお願いします。何となく俺たちが頼もうとしていることをわかっているようですね。
 紅月が再び話を引きついだ。
同盟を組むという話だが、私個人としてはやぶさかではない。しかしショッピングモールの管理者としては無闇に外部の人間と協力関係になることはしたくない。あくまで、このショッピングモールは鎖国状態にしておきたいのだよ。だから私ときみたちが組むとしたら、きみたちにここの住人になってもらうしかない。
空白組の人間とその空白組の一人に勝利した人間が身内になれば、ますますこのショッピングモールの管理体制は強固になる。ところが、きみたちは次にはこう来るのだろう。瀧川と大室くんが身内になる条件として、埜切さんもここの住人に入れてくれと。
まったく常盤先輩には頭が上がらないっすね。わざわざ自分の言いたいことを言わなくとも、先回りして言ってくれる。本人の前で言うのも何ですが、秋姫先輩のコンプレックスはあまり利便性のあるものではない。ここの住人になるために必要な条件に照らし合わせれば、弾かれてしまうでしょう。
だから俺たちはショッピングモールの一員になる条件として、秋姫先輩も特例として認めることを挙げます。三人一緒でなければ、俺たちは常盤先輩の傘下には入らない。俺たち二人が見捨てれば、秋姫先輩は路頭に迷ってしまう。
条件としては妥当だな。いや、それどころか瀧川と大室くんが身内になることを考えれば、多少能力に劣る生徒が住人になったところでこちらに損失はない。私としては二人の即戦力が手に入る。そちらとしては三人ともショッピングモールの恩恵にあずかることができる。確かに利益しか生まない交渉だな。しかしそちらは条件を一つつけた。ならば論理学的に言えば、こちらも一つ条件をつけて、ようやく対等ではないかね?
道理の上ではそうなるっすね。条件の内容に依りますけど。はたしてその条件とは?
三人のコンプレックスの内容を私に教えること。ただし、口で言うだけで、実演はしなくていい。
口答だけでいいんすか? 俺たちにだって嘘を吐くぐらいの知恵はありますよ。
嘘を吐いてもらったってかまわない。この条件は単に三人のコンプレックスを把握したいというだけではなく、私への信頼を測る意味もある。私を信頼しているならば、正直に答えてくれ。そうでないならば、適当を言ってもらっていい。
信頼と言ったって、俺と常盤先輩のあいだにだって大して仲間意識があるわけでもないっすよね? こっちの二人となれば、直接顔を合わせるのは初めてときている。信頼も何もないと思いますが。それとも常盤先輩のコンプレックスは相手の嘘を見破ることができるものなんすか? いや、そんなはずはない。遊撃の職に就いていた吾妻先輩を撃退している以上、戦闘型のコンプレックスのはずだ。
嘘を吐きたいなら盛大に吐きたまえ。私はそれでもきみたちの言葉を信じるがな。私の立場に立ってみてくれ。自分と同格のコンプレックスを持つだろう人間が二人も入ってくるんだ。その性質を理解していなければ、いつ寝首をかかれるか怯えながら生活しなければならない。きみたちのコンプレックスを聞くのはあくまで私の保身のためだ。他言は決してしない。
ご冗談。常盤先輩が暗殺の危険に晒されているだけで怯えるわけがないでしょう。いいっすよ。俺たちのコンプレックスを教えましょう。俺のシンボルはハンドベル。第一のコンプレックスは『太陽の塔』。能力は範囲内にある最も速度の速い物体を爆破する。第二のコンプレックスは『明日の神話』。能力は範囲内にある一定の速度を越えた物体をすべて爆破する。この一定の速度というのはスペクトルに依存しています。
 紅月が自分のコンプレックスを正直に話したので、銀太もそれに倣うことにした。
僕のシンボルは鋏です。第一のコンプレックスは『緑の家』と言います。能力は物体をその強度に関係なく切り裂くが、その性質は保たれる、というものです。例を挙げるなら、腕を切断したとしても、その腕は連続性を失っておらず、自由に動かすことができます。第二のコンプレックスは『石蹴り遊び』。能力は『緑の家』で切り裂いた異なった物質を接合する。そのさい異なった物質の性質は混じり合います。そして時間が経つごとにどちらかの物質の性質へと帰着していきます。
 さらに秋姫も二人に続いた。
私のコンプレックスは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と言います……。能力は小さな切り傷を塞ぐというものです。ついでに言っておきますが、コンプレックスに加えて、私はお二方に比べて運動神経も頭もあまりよくありません……。
きみたちのコンプレックス、確かに把握した。これで交渉成立だな。一度これまで住処にしていたところに戻って、必要なものを持ってくるがいい。それまでに三人の部屋を用意しておこう。このショッピングモールの住人になる以上、鎖国状態を保つために、安易に外部と接触できなくなることは承諾してくれ。

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