いかに主は導きたまうか。

4. At the guru's House 禅師の庵にて。

エピソードの総文字数=4,050文字

   平日のある朝、父から「今日の昼に、H先生と会うからお前も来るように」と伝えられる。場所は梅田で、どこかのホテルだった。約束の時間に、そこのロビーで落合うとのことだった。「分かりました」と答え、身なりを整えたボクは地下鉄で先に梅田にでた。そして、まずは旭屋書店に向かい、そこで少し時間をつぶした。 P.D. Ouspensky なる人のダイアローグ体裁の記録である「Fragments of an Unknown Teaching 」という本を買った。時間も近くなりホテルへ向かう。早い目にロビーで待機する。父が現れ、そしてH先生が来られた。父が挨拶をしたあと、「アメリカではお世話になりました」とボクは先生に頭を垂れた。H先生は至極落ちついたご様子で、軽く会釈をされるまでで、言葉を口にされることはなかった。三人はエレベーターにのり、どこかかなり上階にある喫茶ルームに入った。かなり豪奢な作りの喫茶ルームだった。席に座り、父とH先生の会話が始まる。父の様子からかなり気を使っているのが分かった。(なんでも、後で聞いた話では、父はH先生が苦手とのことだった)。とてもにこやかに話していた。どこかで急にH先生が「こういう所にこれるという立場を、よく分かっておかなければならない」みたいなことをボクに言ったと記憶する。
  ウエイトレスが頼んだ飲み物を運んできた。先ほど注文の時に、「じゃあ、これを」とメニューの文字を指差して、ボクは気の向くものを最後に頼んでいた。【抹茶ババロア】だったと思う。テーブルの上置かれたボクが頼んだものを目にしたH先生は「やるな〜」と言われた。やがて父は、ボクのことにおいて、先生にいろいろと溢(こぼ)しだす。「こいつはね〜、昔からえらい難しい本ばっかり読んでましてね〜」、「こないだは七つも歳の離れた女を連れてきましてね〜...」、「何考えているかさっぱり分からない」などなど。父は、やや浮かれ気分の様子にかわり、えらく饒舌で、どんどん一人で話しを続けていた。(軽口モード、緊張している)とボクは思いつつ(勝手に言ってろ)だった。先生は落ち着いて、ただ聞いておられた。どこかで父に、書類への記入で記入ミスをよくされはしないかと訊いていたと記憶する。父は照れて笑いながら「よくありますねん」と答えていた。ボクの出番は殆どなかった。ただ静かに二人の話を聞いていただけだった。最後は、「まあ、一つ息子のことを頼みますわ〜」との父の依頼で終わる。数日後、ボクはH先生のご自宅へ一人で訪問することとなった。

  H先生のご自宅は京都の市街から数駅ほど大阪に戻ったところにあった。地図を片手に、駅からは20分ほど歩いたと思う。途中に商店街があった。やがて閑静な住宅街が現れてくる。ほどなくして、これかと思われる家を見つける。表札に「H◯ 昌治」とあった。*ボクの名前の〈治〉と彼女の〈昌〉ではないか....。インターホンを押して名前を告げる、女性の方が「どうぞお入り下さい」と答えた。門を開けて入り、玄関の方へと移動する。玄関ドアが開き、奥様であろうと思われる女性が出てこられた。中へと案内され付いて行く。そして居間である部屋に通されてテーブルの椅子に座った。奥様は二階にボクの到着を告げに行って、また直ぐに戻ってきた。その間にボクは、窓の向こうに簡素だがよく手入れされて整った庭を、本棚に法華経の豪華本とNHK制作の「未来への遺産」を確認した。奥様と思われるこの女性は、兎に角よく喋った。口さがなく、初対面であるにもかかわらず、ボクにずけずけと言葉をかけられていった。(不思議と、嫌みの感じや失礼な感じは一切なかった)。今日は朝からゴルフの打ちっぱなしへ二人して行ってきて、さっき帰って来たのよっとのことだった。なんでも一度先生は、ボクの両親の頼みで、会社か工場への訪問するべく車で出ていったそうだ。しかし途中でキャンセルを伝えられてしまい、急遽京都に戻るはめに会ったとか。「こんなん信じられない」...(内の人は、こういう扱い(ドタキャン)をされていい様な人では絶対にない)というニュアンスであった。ボクは、[有りそな話し]として聞いていた。やがてH先生が二階からトントントンと降りて来られた。作務衣を召(め)されていた。軽く挨拶をして。すぐに本題に入る。メガネの奥、先生の目は終止、涼やかだった。穏やかだが言葉には厳しく諭すようなトーンがあった。以下は、ボクの読みも織り込んでの一部再現である。

  「まず、真面目やないとあかん」......(いや、この子は、あの父親と一緒でえらい真面目やな)....(これはええわ)......「本を読まなければいけない」.....(あっ、こいつは読んどるわ....しかし、これは).....「仕事(ビジネス)関係の本も読まなければいけない」。「甘えの構造から、脱せられなければいけない」。*こんなタイトルの本がこのころ評判にはなっていた。

  出だしはこんな感じの話だった。こないだのホテルの時とは違いよく話される。ボクは大人しく、ただ聞いていたのだが、やがてなにやら苛立が起ってくる。そして、ボクの中のものがこう叫びだす、「お前ではない。”彼” を出せ!」っと.....。実際にこう言った訳ではない。問われたことに対して、言葉を返しつつ、このメッセージをも送っていた。すると先生は、これを察してか、むくむくと、ご自身の語りのモードを変えられた。”本体が語る”へ。これを確認した後のボクは改めて頭を垂れて大人しく先生のお話に聞き入っていた。

  途中に奥様の乱入が何度もあった。「内の人は、京都の彼方此方の会社の相談役をやっているのだけれど、朝礼なんかで出て、一喝するとお偉いさんたちが〈ビッシーット〉なってしまいはる。えらい怖がってはったわ〜。」とか...。(この話の時、先生は穏やかに目を細めて微笑んでこれを聞いておられた)。「内の(細君)には好きなようにさせている」と言われた。(奥様が何を言っても、叱ったり、怒ることはしない。ああせい、こうせいは一切言わないに聞こえた)。そして、これはお前への大切な教えやと言わんばかりに話された内容があった。

「家に帰ったら、テレビや音楽やなんか聞かんと、静かにただ黙って座っとくんや」。

*この言葉の前後どちらかに、「ワシは、自分で自分を殺してきたんや...」があった。
 まるで武蔵が語るのごとき説得力があった。一人一殺の総勢約七十名。
 いや、もっと殺して来られているなっと思った。

  昔の時代を懐かしむ話で、その頃の芸子さん遊びはそんなに高くなく「上手に遊ばしてもろた〜」、ご自身のお母様は「ごっつい厳しい人やった〜」があった。また、「京都人ほど心の深い人間はない」。「いろいろと執着を持つ人がおるが、なかなか止めれんらしい」とどこかの相談役をされている会社の社長さんにおいて語られた。女遊びのことらしかった。奥様からは、「内の人は独学で会計士の資格を取りはってん」、「内の人は、いろんな会社の社長の息子さんの面倒とみてはるねん」、「英語は分からん人やけど、アメリカのどこかの空港でアナウンスの内容を理解した」とか、「運転中の車の異音から車の整備不良に気付いた」とかの話し。ボクの彼女についてもズケズケと詮索の言葉を投げて来られた。「年上の女子さんと付合っているらしいけど.....(略)」みんなこの人(奥様)は知っているんだな〜と思って聞いていた。ご夫婦の間には、関わる全てが共有されているのであろうと思った。

  話を聞いている間、ボクは「ボー」と先生を眺めていたのだが、おかしなものが見えた。先生の顔に黒い大きな痣(あざ)が見えたのだ(顔の約六割ぐらい)。そして、こう思ったそうだ。「ああ、この人はもう既に死んでいる人なのだ」と。なるほど、先生ご夫婦にはお子さんが居られないとのことだった。今後も授かることはないであろうとボクは思った。穿った読みではあろうが、先生が奥様を自由にされているのには、このことが関係しているのやも知れないなーと考えていた。

 なにかの話を向けられて、ボクは[キリスト者]として生きる思いを話していた。先生は少し訝(いぶか)しげにこれを聞いておられた(どうやら意外だったようだ)。また、”道”がうんたらかんたら言っていた時に、「なにも分かっていない....」と言われた。(このあとに奥様の介入があった)。「いや、この人は変わっていはるわ〜....なんか持ってはる」と言われた。「そないなことあるかい」と先生はご不満な様子で小さくものを言われた。この話の流れで、ボクを見詰める奥様の眼差しの中に、あの存在を確認したのであった。あの”白の女王”に重なってボクを見詰めてきた”あの存在”だ。リアルの人の中にも在れるのだと思い驚いていた。前と一緒で、一瞬のことだった。その意味もメッセージも何も分からなかった。(庇いに出て来てくれた?....)

  最後の方で、ではボクを誰に頼もうかの話になっていた。「ワシの知っている所に預けたら、こいつぶっ倒れてしまうわ」、『◯太さんとこはどうですの?』「あそこがあったな〜」、「あそこが良いわ〜」で、なにやら道筋がついたような展開となった。

  ボクは今度、彼女を連れてお伺いをしてもいでしょうかと尋ねていた。「連れてきなさい」とのお言葉だった。最後に、先生は親に恥ずかしい思いをさせる様な行いは止めなさいとボクに言われた。「どこまで見通しているねん」と思いつつ、ボクはこの家を後にした。

追記:

先生は一度は、父母の会社にこられたらしい。そして『この会社は潰してしまいなさい』と言われたそうだ。『人が一つも育っていない』が理由だったそうだ。母は憎々しげにこのことを喋っていた。


  

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