放蕩鬼ヂンガイオー

15「どういたしまして」

エピソードの総文字数=2,797文字

 騒ぎが落ち着いてからのことである。

 燦太郎と天甚、そしてヂンガイの三人は疲労困憊の雁に手を貸し、寿司雁へと付き添っていた。

 日も暮れかかり、暖かなオレンジ色の陽光が辺りを包み込んでいる。

 ドクターイエティが滅びたことでダークブキナイズの効力もすっかり消えてしまったらしく、雁は一人でも大丈夫と遠慮していたのだが。
 今回の功労者にせめてものお礼をということで無理やり全員でついてきた。

 同行している間、ヂンガイも荷物持ちという形で協力してくれていたのだが……まごまごするだけで自分の口からはまだ何も言えていない。とはいえ、ここで強要するのもちょっと違うかなと思い、燦太郎は静かにその姿を見守っているのだった。

 結局、そのまま歩き続け、気がつくと目の前に寿司雁があった。

 雁は一人で立ち、ヂンガイに目配せをした。

「ん……そういうわけだから、これからはオレも応援してる。つらいこともあるだろうけど、頑張るんだぞ」

 笑顔でそう言って立ち去ろうとする雁。
 満足げに背を見せた雁に向けて、ヂンガイが動いた。

「ま、待ってし、ちょっと言いたいことがあるのだ……」

 声の終わりがすごく小声である。

 雁が首だけ振り返ると、ヂンガイは更に身体を縮こまらせた。口をパクパクさせているが、全く声が出てきていない。

「あ、あの……し、しょの……」

 皆が静かに次の言葉を待つなか、ヂンガイは更に回転数を上げて口を動かすがやはり言葉は出てこない。顔なんかもう真っ赤だ。

 燦太郎が、さすがに助け舟を出してやったほうがいいか考え始めたとき、ヂンガイはおもむろに手を伸ばして、運んできたスーパーの袋をまさぐった。中からタッパーを取り出す。
 ちょっと行儀が悪いが道路にひざで座り、地面に置いてふたを開けた。タコの姿煮がみっしりと詰まっている。

「んぃ――――――~~っっっ!」

 そして声にならない悲鳴をあげて、両手でタコを掴み、大口を開けて胴にかぶりついた。

「んんーっっっ! んんう――――~~っ!」 

 雁が慌てて制しようとする。

「お、おい。無理しなくていい」

 ヂンガイは取り合わず、目をつぶって涙をこぼしながら時間をかけて咀嚼、音を立ててごくんと飲み込んだ。

 自分の袖で、真っ赤になった目元をぬぐいながら小さく漏らす。

「……うまかったのだ。あんがと」

 雁は、伸ばした手を引っ込め、目を細めて笑った。

「どういたしまして」

 寿司雁では凛がこちらに気付いたところのようだった。
 自動ドア越しに手を振っている彼女の笑顔は、雁と、天甚と、燦太郎と、そしてヂンガイにも等しく向けられていた。


   ■   ■   ■


「ふぃー」

 燦太郎はハンカチを揉みながらお手洗いから出た。

 結局、夕飯を寿司雁でごちそうになってしまった。いやまあ、天甚が半額だけでも払わせてもらうとちょうど今レジで雁相手にすったもんだしているところではあるが。

 しかし、いい気分である。

 ヂンガイは活躍し、雁とも仲直りをし、自分の心の整理もついたし、ヂゲン獣を倒して美味しいものを食べて、あとはゆっくり寝るだけだ。

 自動ドアを抜けて外に出ると、待たせているヂンガイの背中が見えた。

「よっす。じいちゃんもうすぐ来ると思……う……ぞ……?」
「あ、サンタローなのだ!」

 なんだろう。ヂンガイの周りにたくさんの人がいる。

 彼女は謎のヒーロー本人ではなくコスプレ少女という設定なのだが、それでもなんだかんだで人気者である。一人で待ちぼうけしていればファンの一人や二人集まってきてもおかしくはないのだが、今回はちょっと毛色が違っていた。

 ヂンガイの周りにいる人だかりの中に、マイクを持った美人な女性と、でっかい業務用のカメラを担いだお兄さんと、あとは何だろう、音声さん? 照明さん? よくわからないがいかにもプロっぽい方々がひしめいていた。

 ヂンガイが無邪気に手を振りながら歩いてくる。
 モーゼが海を割る勢いで野次馬たちが道を開けた。

「なんかね、昨日も今日もオレベースにヂゲン獣が現れて、しかもあたしたちの写真とかもすっごい集まったらしくて、総合的に見てもうあたしが本物のヂンガイオーとしか考えられないんだって」

 燦太郎は奥歯をカチカチと鳴らしながら返答した。

「で、おまえは、何を、やっていたんだい……?」

 ヂンガイは天使のような笑顔で、にぱっと見上げてきた。

「あした全国放送するっていうから、オレベースの宣伝をしておいたのだ。秋葉原であたしと握手! いつもお店を手伝ってるから、みんないつでも来るし! ……みたいな。あ、ちゃんと本物じゃないよって弁解はしといたし! お姉さんも、うんわかったよって言ってくれてたから大丈夫なのだ!」

 浮かれているのは自分だけではなかったようだ。

 うん。そうだよね。あれだけ人と接してこなかったヂンガイだもん、人の信じ方も疑い方もまだ上手じゃないよね。

 燦太郎は両手で自分の目を覆い、うつむいてひざから崩れ落ちた。

 もう駄目だ。プライバシーとかそういう大切なもの、この歳で全部あきらめなきゃなんないかもしんない。


   ■   ■   ■


 蛍光灯の明かりが冷たく照らす室内。

 少女はバスタオルを手に、長く伸ばした自身の黒髪を拭きつつドアを開けた。
 つけっぱなしのパソコンが、先ほどから妙にソーシャルネットワークの更新音を鳴らしている。 

 横目で画面を見やり、そこで少女は凍りついた。

「――見つけました」

 どこやらのテレビ局が決定的な情報をキャッチしたらしい。
 放送は明日に持ち越しとのことだが、舞台となったのは秋葉原であるという。

 慌ててメモを取り出し、拡散された情報を書き留めていく。
 やはりこの場所で間違いなかったのだ、ずっと張っていて正解だった。

 出来うる限り簡潔に情報をまとめ、必要なものはプリントアウトし、手際よく一冊のファイルにまとめてゆく。一区切りつけるとスマホを取り出し、小声で三十分ほどの報告をした。全てを終えると、少女は肩を揉みながら部屋の隅にあるベッドに飛び込んだ。

 抱き枕にしがみつき、ぽつりと漏らす。

「でもあの店舗、なんだか見覚えがあるような気がします」

 少女は眉をひそめ、しかめっ面でうんうん唸り、そして――急に頬を緩めてにやけた。

「……ひょっとして、あなたが働いているお店でしょうか」

 少女の右手は、抱き枕の頭を優しく撫でていた。

「困り果てました。くまり、恥ずかしいのはダメなんです……」



■第二話「サンダー仮面! なんでもいいから格好良い単語をッ!」 ……了

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