神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の弾道ミサイル

エピソードの総文字数=4,600文字

 テレビカメラを前にして、天馬は高飛車に言い放つ。
見せてやろう、我が帝国の威光というものを。すでに我が帝国が配備している3000を超える高性能弾道ミサイルは、ロシア全土に照準を合わせている。とくにモスクワへの打撃に力を入れるつもりだ。
そもそも、不動大統領の大統領というのも自称にすぎませんし、アスタリアは独立国家でもありません。国際法上、宣戦布告など成り立たないのではないでしょうか……?
俺は言葉遊びの話をしているわけではない。民族の自立と尊厳をかけて、ロシアへの宣戦布告を公明正大に行ったまでだ。それ以上のことは、各国が勝手に判断すればいいだけの話だ。
こんな話は聞いたことがありません……。しかもこんな少数民族が、巨大なロシアに向けていきなり戦争を仕掛けるなど……!
勝利の目算は付けてある。実は我が帝国は、この戦争に向けての準備も急ピッチで進めていた。そのなかで我が帝国は、プルトニウムの入手にも成功しているのだ。ロシアが我が帝国に降伏するつもりがないのなら、モスクワに向けてプルトニウムの使用を行う用意がある。
まさかそれは核兵器ということですか!?
残念ながら、まだ我が帝国は核弾頭を配備できていない。技術的には完全にクリアできているが、生産設備の用意がないためだ。それゆえプルトニウムを弾頭に搭載し、モスクワ上空の適切なポイントで起爆するように仕掛けるつもりだ。
いわゆるダーティーボムの使用? そのような無法は、決して国際社会は許さないに違いありません!
 ライザは道徳的で、現実的意味合いの薄いセリフを繰り返した。国際社会、国際社会と、聞き飽きるほどだ。要するにライザは、天馬が好きなように話すために無意味な合いの手を入れてくれているだけなのだ。
ならば国際社会なるシロモノは、ロシアが、我が帝国やオーレスに対して実行する数々の侵略、そして不法行為を許さない意思はあるのか?

国際社会は、我が帝国の苦境を無視している。帝国は独自で防衛をせねばならず、ロシアとは現実的に戦争状態にあった。もはや我慢も限界に達し、このままでは我が帝国は崩壊するときを待つのみだ。誰も手を差し伸べてくれない以上、帝国は独力で魔の手を振り払わなくてはならないのだ。

 実際には、細々とでもロシアから援助してもらっていたアスタリアである。それがまったく真逆の話になっていて、これでプーチンの怒りを買わないはずがない。だがそれが国際政治というものだ。その国際政治のゲームルールならば、プーチンは誰よりも理解しているキープレイヤーの一人であろう。
先ほどこの俺は、オーレス共和国政府には生物化学兵器を使用せずとも優勢に立てるから使用しなかったといったな? だが使用する覚悟を否定はしていない。今回、開戦に踏み切った相手は大国ロシアだ。あらゆる方策を尽くさねば易々と勝てるわけでもなかろう。それゆえに帝国は、生きるために、ダーティーボムの使用は厭わない。
しかし不動大統領が仰るような、ロシアのアスタリアに対する殺戮行為などは誰も確認できておりませんよ! いくら自衛のためとはいえ――

 そのときだ――。

 急に爆発音が轟き、大広間で取材に携わっている誰もが動きを止めた。同時に、自動小銃の速射音が鳴り響いてきた。

銃撃?

 ライザは辺りを見回し、口にした。

 すぐに速射音は大きくなってゆく。この銃撃はアスタリア側のAKSだろう。ロシアからの攻撃を見越して、街の主要地点にアスタリア兵を配備済みだ。

来たわね……。

 ドアから背を放したエリカがつぶやき、無線を取り上げた。

 無線からの声が漏れ聞こえてくる。

【アスタリア兵】

こちらポイント002! Mi24攻撃ヘリ部隊を10機以上は確認! まだ薄暗いため正確な数は目視できず!

 時刻は4時を回ったところだ。うっすらと明るみは増してきていたものの、夜の名残はまだ消えていない。

 エリカが無線に確認する。

今の爆発音は?

【アスタリア兵】

おそらくスティンガーで1機撃ち落したものかと! Mi24からロシア軍の空挺部隊が降下中!
ホントに来たの……? これってあからさまな国境侵犯……。

 ライザが息をのんだ。

 カメラマンがライザに向けたカメラを外し、それを抱えて窓へと張り付いた。そしてライザを振り向き、まくしたてる。

【CNMカメラマン】

ライザ、こいつはすげえスクープだよ! やべえ、鳥肌立ってきた!
 このカメラマンもCIA要員なのは間違いないはずだが、スクープも嬉しいことらしい。ライザも言っていたことだが、CIAとしての仕事も、CNM取材陣としての仕事も、本人のなかではどちらも自分の大事な仕事になっているのだろう。

 ライザも慌てて窓へと駆け寄り、声を掛ける。

カメラ、街に向けて!

すごい……!

 すごいと喜ぶのもどうかと思うが、速射音はさらに大きくなっていく。

 予め天馬とエリカは、このタイミングでの空挺部隊による攻撃を十分に予想し、アスタリアの街のなかの重要なポイントに多数の守備兵を配置していた。そして兵士以外の街の全住人たちを、やや離れたアスタリア人の別の集落に移動させていた。イヴァや長老もこちらに居残ると戦闘に加わってくるので、「街の人たちを統制してくれ」と依頼して住人たちに同行させている。それゆえ街中の撃ち合いでも兵士以外に被害が出ることはない。

 明朝6時にダーティーボムを弾頭に備えた弾道ミサイル群をモスクワに向けて発射するのを防ぐのならば、ロシア側からみればこの時間がギリギリのタイムリミットだった。そして弾道ミサイルの発射ボタンを握る天馬を着実に仕留めるならば、特殊部隊をここまで届けるしか方策がないことも織り込んでいた。空爆では天馬をヒットすることは難しいし、報復措置として天馬がミサイルを起動させてしまう時間を与えてしまうことになる。ロシアがそれを防ぐとしたら、特殊部隊による無警告での急襲しか選択のしようがないのだった。

 空から降下してきたロシア空挺部隊と、アスタリア兵の間では、街のそこかしこでの銃撃戦が展開され始めていた。CIAの要員たちは、窓から無我夢中で街中を映し出し、ライザは声を大にして実況中継を始めていた。

信じられません……!

CNMの生中継中に、目の前で戦争が始まっています!

 CIAの3人はもう興奮いっぱいで、嬉しくてたまらないといった様子だ。流れ弾など気にもせず、今にも大喜びで外に飛び出していきそうなくらいの勢いである。

 実際のところ、CNM取材クルーとしてはそれこそピューリッツァー賞をもらえそうなほどのスクープであろうし、CIA要員としてはこの報道をすることを通してロシアに直接的な打撃を喰らわせることができる。3人にとって、CNMとしてもCIAとしても一挙両得な、稀に見る大勲章になるはずだ。

世界市民の皆さん、これはロシアによる侵略と殺戮です! 不動大統領の話は本当でした!

 ライザが戦争の模様を笑顔満面でカメラに向けて叫んでいるのは違和感あるところだったが、さしもの訓練されたライザでも、冷静さの臨界点を突破するような出来事なのだろう。

 銃撃音は街のいたるところでこだまし、戦闘はさらに激しくなっていた。

 序盤はアスタリア側が明らかに優勢に展開していた応戦も、ロシアの空挺部隊の降下が終わったあとは、かなり際どい情勢になっていた。降下中は野ざらしであったロシア特殊部隊員だが、着地後の戦闘力は勇猛果敢で恐ろしいほどだ。ロシアがこうした場面で用いる精鋭は、生半可な特殊部隊ではない。世界最高峰にまで訓練された兵士たちを前に、アスタリア兵は明らかに苦境に立たされ始めたようだった。

 エリカが、天馬の下へと近づいてくる。すでにカメラは窓の外に向けられていたから、エリカが生放送に映ることはない。

天馬、官邸への侵入は私が防ぐから、ここは地下に避難しておいて。本当に危険水域かもしれない。天馬のことは、命がけで私が守る。
 自動小銃を手にしたエリカが切々と言った。
真の危機にあって、大統領は逃げ隠れしないものだ。我が軍兵士やエリカを残して、この俺が逃走を図るはずもない。
ここまで西側に報道されてしまっている以上、ロシアなら破れかぶれで押し切ってくる可能性もあるわ。いくら準備万端迎え撃っても、ロシアの精鋭部隊に民兵じゃ対抗は難しい。
主導権は最後までアスタリア側が握る。弾道ミサイルをモスクワ方面へ向けて発射せよ。

 天馬は素早く指示を伝えた。

 エリカはうなずき、無線を持ち上げる。

弾道ミサイル群、発射用意!
【アスタリア兵】

用意できています!

 無線の相手は、弾道ミサイルの発射ボタンを任せている官邸の守備兵だ。
発射!
 すぐさまCNMの取材クルーたちが弾道ミサイルを捉えたようで、ライザの血気盛んな声が響いてくる。
ああっ、弾道ミサイル! ご覧ください! 不動大統領が語っていた弾道ミサイルが、次々と、ロシア方面に向けて発射されていきます!
 実際の数は、天馬が生放送で語った3000発ではなく、プーチンを威嚇した1000発でもなく、配備済みの100発の発射だった。ただしテレビモニタには十分に壮観な光景に映るだろうし、数をきちんと数えられるほどくまなく状況が映し出されるわけでもないだろう。
エリカ、そろそろ最後のミッション『ビッグバン・オブ・ザ・マッドゴッド』、発動だ。ロシア兵が予定のポイントに達したら発動せよ。
……了解。

でも、ミッション『ビッグバン・オブ・ザ・マッドゴッド』はあくまで演出であって、ロシア兵を倒しきれるなんて思わない。だから、官邸の入り口が突き破られたら逃げてね。

そのときはそのときだ。俺には神補正がある。俺の勝利は揺るぎない。
ところで『ビッグバン・オブ・ザ・マッドゴッド』って変な作戦名、なんとかならなかったの?
何を言う。ミッション『ビッグバン・オブ・ザ・マッドゴッド』というネーミングは、俺の大構想のなかでも最も重大な側面だ。

 そんな天馬の言葉に返答もせず、エリカが部屋を飛び出していった。いよいよ自ら戦闘指揮を執らなくてはならないと判断したのだろう。


――タタタタ!


 音は徐々に迫ってきている。戦闘はかなり際どい局面に移ってきたのが肌で感じ取れた。

 エリカと入れ替わるように、ライザたちクルーが再び天馬の下に寄ってきた。

不動大統領! 今のはアスタリア側が放った弾道ミサイルですね!?
やむにやまれぬ措置だ。こうなった以上仕方がない、弾道ミサイルにはダーティーボムを搭載し、モスクワに向けて撃ち放っている。
大変です、核戦争になるかもしれません!
 その割には、ライザがやらたと嬉しそうなのは興味深い。もしロシア兵が官邸に突入してくるようなことがあれば、ライザたちとて間違いなく命の危険があるのだが、そんな危機感など吹っ飛んでしまうほどに、事態はライザたちCIAの3人にとって興奮を禁じ得ないものなのだろう。
核の冬の時代が到来するかどうかは、ロシア側にかかっている。ロシアが軍を撤退させるなら、アスタリアが放った弾道ミサイルはモスクワに到達する遥か以前にすべて自爆させることを約束する。しかしこの殺戮をロシアが続けるつもりなら、こちらも決断せざるを得ないのだ。
 ここで初めて天馬はミサイル自爆の方法が残っていることを明かし、その判断の責任をロシア側に押し付けた。

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