リリーの微笑み

正しき者-2

エピソードの総文字数=1,321文字

 ピークタイムが終わっても、ダラダラしている暇はない。早々にレジ回りの整理を開始した仕事人の俺は効率を上げるため、次の行動を先にイメージしながら淡々と作業をこなしていく。
 だいぶ人の出入りも落ち着いてきて、レジの画面で時刻を確認すると午後一時半を過ぎようとしていた。――その時。
「すみませんっ」
 声が聞こえたので素早く「いらっしゃいませ」と応え、声の主へと視線を移す――。
 小さな女の子だった。優しく波打つ金髪を肩より少し伸ばし、前髪をやや垂れ気味の眉に掛けている。大きな瞳は深海のように碧く、俺と同じ生き物とは到底思えない。
 その可愛い生き物は商品をカウンターに置きながら「これください」と言い、俺は平静を装うためにマニュアル通り対応する。
「かしこまりました。お預かりします」
 カウンターに置かれた鉛筆と消しゴムのバーコードをスキャン。鍛え上げられた滑舌で合計額を伝える。そして彼女が「はぁい」と、可愛くお返事して、お金を用意している隙を見計らい速やかに商品を袋に詰め込む。無論、丁寧に。
 彼女はカウンターの上で小銭を数えると、わざわざ、それを小さな手で寄せ集めてから片手で握り「おねがいします」と手渡してくる。――親切心からだろうが、こちらが数える際にやりづらくなるから、ありがためいわくだ――。我ながら狭量だ。
 だがしかし、この手の客は結構いる。悪気のない人が大半だろうが、中には明らかに人をイラつかせる目的の奴だって――
「――ごめんなさい」
 突如聞こえた声は風鈴のように涼やかで、物悲しい音だった。
 俺は思わず「えっ」と周りを見渡したが、やはり近くには誰もいない。――目の前でその瞳を潤ませる少女以外は。
 間違いない。この少女が発した言葉だ。しかし、なぜ……この子は誰に、なぜ謝っているのだろうか。
「知りませんでした、わたし……よかれと思って……」なおも少女は続け、俯く。
 何も知らない俺は「いや、そんな……こと……」
 それしか言えなかった。
 短く沈黙した後、思い出したように俺は手に握っている小銭の合計額を入力して、レシートを彼女に手渡し「あ、ありがとうございました。またおこしくださいませ」動揺を隠せないまま、お辞儀をする。
 商品の入った袋が視界から消えても、一向に頭を上げられなかった。――気の毒なことをしてしまった……。単調なメロディーが流れ、それを聞いた俺はようやく緊張を解き、姿勢をもとに戻す。
 碧い瞳がまだいた。
「うあっ!」流石に堪えられず悲鳴をあげる。しかし、金髪碧眼の女の子は身じろぎひとつもせずに、真っすぐ俺を見つめている――。
 まるで深い、深い、海の底を覗き込んでいるような……違う、覗かれているのだ。暗い海底から俺をずっと見ている。
 全身から冷や汗が出て、心臓は激しく脈打つ。
 俺は怯えているのか……こんな小さな娘に。
「どうか――」
 少女が口を開く――心臓がより激しく脈打つ――今の俺はもはや、恐ろしい深海魚に怯える小魚だ。

「――こわがらないでください」

 それは暗い海底に住まう怪魚にしては優しく、
 また少女のものにしては、悲しすぎる響きだった。

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