神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の無差別大量殺戮

エピソードの総文字数=2,175文字

 クレムリンの大統領執務室では、側近らがプーチンを囲み、CNMの映像が流されていた。

 ちょうど映像は現地の情勢のライブ映像からホワイトハウスに切り替わり、アメリカ大統領トランプが興奮した様子で声明を発表しているところだった。

【アメリカ大統領トランプ】

由々しき映像だ。アスタリアのテロ集団も、ロシアが創り上げてきたものだとすらいえる。アメリカがオーレス平定にてこずっているのも、すべてロシアのせいなのだ!

 トランプが吠えていたが、すぐにまた映像は現地の戦闘の模様へと切り替わった。

 プーチンらは意図せずして、自国の特殊部隊が着実に目的に接近していく様子をCNMを通して見守ることになった。

 側近の一人が切迫した声で聞いてくる。

【側近A】

攻撃中断をせずともよろしいのですか……?
こうなった以上、中途半端な状態で引き上げても同じことだ。ならば不動天馬だけでも殺せ。マリシェヴァはあとで料理すればいい。
 事ここに至り、プーチンは攻撃続行の意思を固めていた。もう映像の放映は止められないのだから、国際社会からの非難は変わらない。ならば、目的だけでも達成しておくべきであろうと判断したのだ。
【側近A】

しかし、モスクワに向けて弾道ミサイルが発射されています。衛星からの観測によれば、ミサイルの数は100に及ぶかと。到達時刻にはまだ余裕がありますが、防空システムでどこまで撃ち落せるかどうか……。

……私の予想では、不動天馬が口にしたプルトニウムは9割がたブラフ……。
【側近A】

しかしまさか嘘八百を並べ立てて不動天馬がミサイルを放ったとも思えません……。これはモスクワ市民を危険にさらすチキンレースです。

ミサイルも、ここまで届く可能性はそこまで高くないと私は見ている。
【側近A】

ですが本当にモスクワまでミサイル群が到達し、そこに核物質が備えられているとしたら――

ガン発生率がわずかに上昇する可能性がある……というだけにすぎない。それすら根拠が確立していない推論だ。
 別の側近が大統領執務室に飛び込んできた。

【側近B】

プーチン大統領! モスクワを逃げ出そうとする市民たちで、市街は騒然となっています!
頭の悪い連中だ……。検問を敷いて抑え込め。

 プーチンは忌々しげに首を振った。

 そのとき、テレビモニタの映像は激しく乱れた。画面は幾度も揺れ、大爆発の模様が映し出されたのだ。

 CNM特派員が勇んだ面持ちで叫ぶ。

爆弾です!

ロシアのヘリ部隊から大量の爆弾が、無差別に市民に向けて投下されています!

見てください、街の一角がものすごい爆音と共に吹っ飛んで――

なんだと!?

 プーチンは耳を疑った。

 ロシアのヘリ部隊から大量の爆弾……?

 そんな可能性はありえない。いったい何が楽しくて無差別に殺戮を繰り広げるというのだ。単に街を破壊し尽くしてしまいたいだけなら、こちらもミサイルを飛ばせば済む話なのだ。

 だが映像からは容赦なく、次々と家が爆破され、街に火柱が上がる様子が映し出されてきた。その音もすさまじく、CNM特派員の興奮しきった声が頻繁にかき消されてしまうほどだった。

ああっ、また爆弾が次々と!

はからずもこれは、ロシアによる無差別大量殺戮の生々しい現場となってしまいました……!

 CNM特派員の上げるロシアへの非難がどこか弾んで聞こえるのが憎々しい限りだ。

 炎を噴いた爆弾は黒煙を上げ、それが幾つも折り重なってゆく。

 側近の一人が代弁したような声を上げる。

【側近A】

無差別大量殺戮!? 誰がそんな……!

 大統領執務室の特別電話が鳴った。近くにいた側近が取り上げ、一言二言話を交わして、プーチンに向けて電話機を差し出してくる。
【側近C】

軍からの通信です。

 プーチンは無言で耳に電話機を押し当てた。
【特殊部隊指揮官】

撤退を……! 撤退を進言します……!

なぜだ?
【特殊部隊指揮官】

アスタリア側は撤退を図りながら、自ら街を爆破しています! 予め家々のそこかしこに仕掛けられていた起爆装置を起動させており、我がほうが即席の陣地としていた場所を家ごと吹き飛ばしています! 我が特殊部隊に死傷者多数!

 悲痛な軍からの声を他所に、CNMからは嬉々とした最前線の声。
ロシア軍は無差別に市民を殺し尽くしています! これが……恐ろしいジェノサイドの実像です……!
【側近A】

お、おのれCNM……。まるでロシアが殺しまくっているような風に受け取られるではないか……!

 そう言ってテーブルを叩いた側近の歯ぎしりが聞こえてくるようだった。
ああっ、また爆発!

世界は、これ以上オーレスの悲劇を野放しにし続けるのでしょうか? 首都オーレスに駐在するアメリカ軍は、これを野放しにするつもりなのでしょうか!?

 電話機からは、苦渋に満ちた進言が続く。
【特殊部隊指揮官】

不動天馬がいると予想される官邸からの反撃が増しています!

すでに劣勢! 無理に作戦を強行しても、不動天馬を殺害できる見込みは10%以下……!

 プーチンはいったん受話器をテーブルに置き、顔の前で両手を組み、しばし目をつむって、今後起こりえるシナリオの検討を重ねた。わずか数十秒の間だったが、プーチンにとって久々の熟考だった。

 やがて目を開け、今度は視線を中空へと向ける。しばらく無言で壁の一点を見やっていたプーチンだったが、やがて静かに受話器を持ち上げた。

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