神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の降臨

エピソードの総文字数=4,259文字

ようやく……見えてきた……。

 まさに三日三晩、ジープのハンドルを握り続けたエリカが、ホッとため息をもらした。

 壮麗な山々に連なる一群は、山岳地帯といった灰色の響きのニュアンスを一掃する彩に満ちていた。

恐るべき美しさだ。俺が最初に統治する国として相応しい舞台……。
言っておくけど、天馬がちゃんと受け入れてもらえるかどうかなんてわからないからね。住民からそっぽを向かれる可能性のほうが大きいと思うわ。
なんだそれは。この俺は大統領ではないのか?
それはロシア側の都合による押し付け。交渉はこれから始まるのよ。

 ジープは速度を落とし、ゆっくりと集落に乗り入れていく。点在し始めた家々は、石造りの頑丈なもので、すべてが小さな要塞のように天馬には感じられた。また、各家には一台か二台の車が必ず停まっており、その種類もバラエティに富んでいた。高級車もあったし、新しい日本車もいくつも見かけた。ホンダやカワサキのバイクもある。また家々には衛星放送用のパラボラアンテナも取り付けてあったし、時折姿を見かけるようになった人影は、日本とそれほど変わらぬ服装をしていた。中国に繋がる回廊ということもあり、おそらく中国で製造された衣類が流れてくるのだろう。

 部族と聞くと羊飼いのようなものをイメージしてしまうし、実際アスタリア人の祖先はこの近辺の遊牧民だったらしいが、今はこの山岳地域に根を張り、かなり文明的な生活を送っているようだった。


 天馬の事前調査によれば、アスタリア人の主要産業の一つが翡翠の発掘と流通で、中国との取引が活発であるようだ。また、この地方で産出する岩塩も一流のシェフたちの間では評判らしく、主要な輸出品目になっているらしかった。これらの産地をアスタリア人が抑えており、それを巡って政府軍との内戦が続いているという。


 アスタリア人は人口5000~8000人程度の小部族であり、だからこそ翡翠や岩塩を産出するだけでも豊かな生活が送れるのだろう。国家全体の産業としては小さいし、他にも銅や銀やレアメタルの産地を独占している部族もいくつも割拠しており、アスタリア人だけが特殊というわけでもないらしかった。オーレス共和国という国は、もともと帝国主義時代にイギリスとロシアが勝手に国境線を引いて地図上に描き出した人造国家なので、国民にはまとまりとしての意識などまるでなく、各部族が群雄割拠した戦国時代のような様相を呈していたのだ。


 ジープはやがて家々が密集し、石壁で囲まれた地域へと乗り込んでいった。街の中枢を城壁で囲んだような場所である。石壁内にはちょっとしたマーケットのような場所があり、籠に野菜やフルーツを抱えた人々を見かけるようになった。


 そしてジープは街の中心部へと進み、鉄筋コンクリート製の3階建ての建物の前で停まった。集会所か役所のような場所だろうか。

 ジープが停まるとすぐ、その建物から髭を生やした白髪の老人が姿を現した。

降りて。ここが市庁舎よ。

あの人が長老、私も初めてだけど写真で確認済み。

 エリカに促され、天馬も車を降りて、やってきた老人と向き合った。
お待たせしました。事前にご連絡していたエリカ・マリシェヴァです。
何をしていたんじゃ!

ロシア政府に早く指揮官を派遣してくれと頼んでもう1か月じゃぞ!?

お気持ちはわかりますが、クレムリンは大所帯です。アスタリア人のように、族長が決めればそれで決まるということはありませんので……。
オーレス首都からの報告によれば、政府はそろそろ本格的に軍を派遣する準備を始めているという。事は一刻を争うのじゃよ。
自分勝手なジジイだな。ロシアからは武器弾薬の援助も存分に受けているという話ではないか。クレクレばかりで、次も早く言うことを聞けというのか?
なんじゃあ貴様は!

こちらは生きるか死ぬかの戦いの真っ最中にある! ワシらがここに割拠している限りロシア政府にも都合がいいんじゃ! ギブアンドテイクじゃわ!

ここで争っていても始まりません。市庁舎で、まずは今後の方針を相談させてもらえませんか。
ふん、ロシア政府なんぞに期待したワシが間違いじゃったわ。自分たちの身は自分たちで守らねばな。とにかく、武器弾薬の援助は続けてもらわないと戦えん。今後を話し合うことに異論はないわ。入ってくれ。

 そう言い放った長老のあとに続き、エリカと天馬は市庁舎のなかへと入っていった。

 長老を気に入ろうが気に入るまいが、遠路はるばるここまで来た以上、寝床を確保したりする意味からも今は従うべきだった。街や人々は文明化されているといっても、ホテルような場所はまったく見当たらないようだったからだ。だいたい、オーレスのような戦国時代真っただ中といった国の、しかもこんな奥地に、観光客など来るはずもなかった。いくら山々が美しかろうと、ここまで到達するには命がけに違いない。

 長老に促されて最奥の部屋に入ると、大きなテーブルの向こうに、まだあどけなさの残る可愛らしい少女がぽつんと座っていた。エリカと天馬の姿を見やった少女は立ち上がり、うつむきがちに小さく微笑んだ。

紹介しよう、ワシの孫、イヴァ・クリチコじゃ。

ロシアで軍隊教育を受けて戦闘行動を仕切っていた息子が、戦いで重傷を負いそのまま天に召されてしまった。今は族長をイヴァに務めてもらっている。これには部族内の色々な事情があってな。

よろしく、イヴァさん。
 エリカが手を差し出すと、イヴァは手を握り返し、頬を染めた。
……よろしくお願いします……。
 ようやく耳に届くくらいの小さな声。どうやらイヴァはかなりの人見知りのようだった。
じゃがイヴァはまだ15歳。内戦の最中に部族の統率を乱すわけにもいかず、慣習に則って族長に就任してもらったものの、まだ部族を統率できるような器に育ってもおらぬ。そこで内戦に打ち勝てる軍事指揮官を今回ロシアから派遣してもらえないかとこちらからモスクワに依頼したわけじゃが……。

 目の前の老人がいきり立っていること以外は、とても内戦中だとは思えない牧歌的な雰囲気に思えた。もっとも、いくら内戦が行われていようとも、四六時中戦いが続いている環境ではないことも確からしかった。調べたところでは、オーレス政府が年に数度の警戒活動に軍を出し、アスタリア人は独立を主張するためにそれに応戦するという流れから戦いになだれ込むケースが多いようだった。血で血を洗う民族間の戦争というよりも、暴力団同士が威嚇し合い、暴力団という社会のなかでの独特なルールに則って、激しい縄張り争いをしているようなイメージだろうか。法が適切に行き届く世界ではないのだ。

 長老は、天馬にいぶかしげな視線を向けてくる。

まさかこの男が、その軍事指揮官だというのか? とても軍人上がりには見えぬが……。
不動天馬だ。

この俺は、アスタリア人を導く大統領として派遣されてきた。

……大統領、じゃと……?

 長老は半ば唖然とし、言葉を途切れさせた。

 天馬はエリカに問いただす。

なんだ、話が通っていたわけではないのか?
軍事指揮なら私ができる限りのサポートをいたします。特殊部隊の養成施設でも一定の訓練を積んできました。
だったら、大統領とか抜かすこの男は何者なんじゃ?
こちらの男は科学者ですが、形式上、大統領ということにしておいてくださいませんか。
ワシには、お主が何を言っているのかわからん。アスタリアが必要としているのは武器弾薬と戦闘指揮官じゃ。なぜここに科学者がやってきて、それが大統領と名乗る?

 長老の言葉で、天馬にもおおよその状況が掴めていた。

 陰謀を巡らせるような面持ちで天馬はほくそ笑む。

フフフ、どうやらこの俺は、プーチンの野郎に一杯食わされたようなだな。クレムリンに戻ったら、プーチンを厳しく叱りつけてやらねばなるまい。
プーチンの野郎……? お主とプーチン大統領はいったいどんな関係……。
案ずるな。この俺は超一流の科学者でもあり、大統領でもあり、むろん軍事指揮官を務める能力も持っている。この俺が来たからには、政府軍などモノの三秒で打ちのめしてみせよう。

すさまじい自信じゃな。天馬と言ったな。そこまでの大口を叩くからには、軍事的な経歴は豊富なのじゃろう。どのような戦場で実績を上げてきたのじゃ?

実績? そんなものは一つもない。あるわけがない。

……なっ、なんじゃと!?

 長老は目を見開いた。

 天馬は、そばで静かにたたずむイヴァに視線を向けて力強く口にする。

イヴァ、この俺が来たからには、アスタリア人の将来は安泰だ。何も心配せず、俺にすべてを任せてくれていい。
…………。
 イヴァは言葉こそ口にしなかったが、コクリと小さくうなずいた。
長老、この男を形式だけでも大統領に据えてもらえませんか。それだけで今まで通り、ロシアから物資援助が行われます。形式だけでいいのです。
なぜそんなことをせねばならん? いったいロシアは何を考えてこのような――
 ふと表でバイクが止まる音が聞こえ、誰かが市庁舎のなかに駆け込んできたようだった。すぐに扉が開け放たれ、一人の男が部屋に入ってきてまくしたてる。
長老!

ザリスの監視台から速報がもたらされました! 政府軍およそ2000が、アスタリアに向けて北上中とのこと!

なんじゃと!?
おそらく政府軍は明日にはここに攻勢をかけてくると見込まれます!
今ザリスに駐屯している兵は何名じゃ?
およそ10人ほどです!
ザリスで政府軍を足止めするように伝えよ! その間、こちらも兵員を整え――
その10の兵は引き揚げさせろ。
何ぃ!?
10とはいえ俺の貴重な兵員だ。それを足止めのため無駄死にさせるつもりか? ここは陣地を引き払い、戦力を終結させるのが軍略というものだ。
軍事の経験などないのじゃろうが! 知った風な口を利くな!
フフフ……。この俺は、あらゆる軍事戦略をマスターしてきた。あるネットゲームでは、俺が立案する戦略戦術がすごすぎて、軍神とさえ言われているのだ。俺の戦略によって倒された魔界からの侵略者の数は10万を越えると言われている。
またネットゲーム……。
武器弾薬のリストを渡せ。それから、この近辺のグーグルマップをプリントアウトし、高低差が描き出された地図を用意しろ。俺に策がある。
戦争は遊びではないのだぞ? 命を落とす覚悟があるのか?
大丈夫だ、この俺は常に勝ってきた。今回もまた、俺が少しばかりその気になればいいだけだ。
 そう言い放った天馬は、自信に満ちた面持ちでニヤリとほくそ笑んだ。

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