神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の一喝

エピソードの総文字数=9,064文字

 モスクは、ちょっとした砦のような場所だった。その城壁のような場所の上からは、アスタリア人の常備武装であるAKS74Uで武装した男4人がこちらを見やっているのが見えた。皆、真剣な表情だ。

 そしてその下、モスクの前には長老がぽつねんと立っていた。声を掛けていたらしい。

 もともとアスタリア人は信心深くはないようで、このモスクも遥か昔、異民族によって建てられたものであったそうだ。あたりを一望できる見晴らしがよい場所に建てられており、周囲一帯を監視するための城塞のような役目があったのかもしれない。

 エリカが運転する車が着くと、長老が肩を落として近づいてきた。

ここか。
 天馬がドアを開けようと手を掛けると、イヴァが押しとどめようとしてくる。
危険です天馬さん!

プラトさんたちは、天馬さんを敵視しています。私やお爺ちゃんなら撃たれることはありませんが、天馬さんはどうなるか……!

プラトのデータベースは把握済みだ。この内戦を通して、最も従軍経験がある者の一人だな。前族長の代行としてロシア政府や中国政府とも交渉歴があるようだが、いずれもプラトの要求が通っている。極端なまでの愚か者ではないらしい。
でもプラトさんは少し喧嘩っ早くて、簡単に引き下がるような人でもありません! だから危険で……。
信念ある人間であるならば、なおさら無抵抗の俺を撃つようなマネはせん。大丈夫だ、普通の人間に神殺しはできないのだよ。

 言いながら、天馬は車のドアを開けて外に出た。イヴァやエリカも続いて車を降りてきた。

 長老がすぐそばまで近寄ってきて声を掛けてくる。

ようやく来おったか……。
首尾はどうだ?
ダメじゃ。プラトのヤツ、ワシの説得なぞはなっから聞き入れんわい。
愚痴を聞きたいわけじゃない。武装して立てこもるということは、何らかの要求があるはずだ。
部外者に政治を仕切られるのが嫌なんじゃろ。
 投げやりな長老の言葉を聞き、天馬は鋭い声で叱りつける。
投げ出すな!

この俺は、ジジイの心情を聞きたいわけではない!

……!?
 長老は、まさか天馬に一喝されるなど想像外のことだったようで、目を白黒させた。
反乱軍の要求を言えと言っている。

もう一度、優しく聞いてやる。連中の要求を代弁せよ。

 天馬が今度は事務的に告げると、長老は悔しげに震え出し、天馬を睨みつけてくる。
お……おのれ偉そうに……。

プラトじゃなくとも、ワシとて今、お主を殺してやろうと思うておるのをわからんのか……。

フッ、個人の感情ばかりを優先する政治屋め。俺は今、アスタリア帝国を仕切る大統領として、この命をかけてここに来た。それがわからん者と会話を交わすのは時間の無駄だ。この俺が自ら聞いてこよう。
 言いながら、天馬は静かに歩き出した。
なっ……。死ににいくようなものじゃぞ……?
 とっさにイヴァが天馬の前に立ちはだかって両腕を広げる。
待ってください、今は近寄らないで!

プラトさんたちは天馬さんを力づくでも排除したいと思っているんですよ! 本当に殺されます!

イヴァ。

アスタリアの大統領は誰だ?

……えっ?

て、天馬さんです……。

そうだ。

そして、あそこに立てこもる反乱分子どもは、アスタリア人ではないのか?

プラトさんたちも……アスタリアの仲間です……。
そうだ。

俺はこの帝国を仕切る最高権力者として、あの連中と話し合う義務がある。大統領は伊達じゃない。

……大統領って……こんなにカッコいい役職だったんだって初めて知りました……。
だから、道を開けよ。
…………。

 しばらく沈黙して天馬を見つめていたイヴァだったが、やがて静かに広げた両腕を下ろし、天馬に道を譲ってきた。

 エリカが戸惑ったように口にする。

て、天馬ってこんなにイカしたキャラだったっけ……? 自分を神だとか名乗って、もっとアレな感じだとばかり……。
 天馬は顔を半分だけ後ろのエリカに向け、淡々と告げる。
ここで俺が死ぬのなら、俺は神ではなかったということになる。ならば俺には、世界を変える資格はなかったということだ。そのときは、この人生を終わらせるのになんの悔いもない。
世界を変える……資格……。
エリカには、アスタリアに来る道中で語って聞かせてやったはずだが? 俺は世界を変えるために生まれてきたのだと。

このチャンスを待つためだけに、俺は他に道を選ばず、25年間も自分の部屋で待ち続けてきた。

天馬は本当に本気で、世界を変えられるなんて思っているわけ……?
俺が生き残っていたらだ。

もしものことがあれば、プーチンによろしく伝えよ。不動天馬は神ではなかった、とな。

 それだけを言い残し、天馬は決意を持って歩き始めた。
死なないで、ね……。やだ……な、なに言ってんだろ、私……。

 エリカの声が小さく聞こえたが、もう天馬は振り向きもしなかった。

 モスクへと近づくと、壁の上にいる男4人がAKSを構え、天馬に狙いを定めてきた。

 天馬はその銃口を睨み返し、そしてニヤリと笑ってみせた。その笑みを見た男4人は、思わずといった風に銃口を天馬から外し、顔を見合わせあった。

 門の下まで来た天馬は、大きく声を響かせる。

俺が大統領だ。プラトに会いにきた。

門を、開けてもらおう!

 ゆっくりと、門が開いた。

 天馬がなかに入ろうとすると、スッと手が伸びてきた。そしていきなり胸倉をつかまれる。

 抵抗する間もなく、天馬は力任せになかへと引っ張られた。そして狭い庭を無惨に引きずられ、モスクの中へと力任せに放り投げられた。その勢いで朽ち果てた机に身体がぶち当たり、天馬はうめく。

ぐっ!?
 床に投げ出された天馬の頭のうえに、静かに革靴が載せられた。天馬の頭に男の体重がのしかかってくる。
テメーがアスタリアの自称大統領とほざく引きこもり野郎か。長老から聞いたぜ?
 声を出そうにも出せないほどの重圧だった。顔を見上げることはできなかったが、この男がプラトに違いなかった。
長老やイヴァが言うには、テメーを丁重に扱わないとロシアからの援助が引き出せなくなるっていう話じゃねーか。なぁ、なんで俺らがゴミに優しくしてやらにゃならんのだ? どう思う、テメーはよぉ!
 言いながらプラトは乗せていた足をどけ、サッカーボールのように天馬の頭を蹴り飛ばした。
があっ。
 たったそれだけで天馬のコメカミが切れ、顔には鮮血がにじんだ。鼻頭も鋭い痛みに襲われ、しばらく天馬の焦点は合わなくなった。
俺らはプーチンの犬じゃねえんだ。ましてテメーごときの犬でもねえ。

 天馬は地べたに這いつくばり、そこでプラトと向き合った。

 プラトは背が高く屈強な体つきをしており、歴戦の戦士といった印象だった。先の政府軍との戦闘においては、従軍歴の豊富なプラトは、主要な攻撃部隊だったエリカの部隊に配属されていたから、天馬とこうして直接やり取りするのは初めてだった。政府軍との戦闘前に、各リーダーを集めたときに、プラトの顔をチラと見ていた程度だ。

俺らが長老に要求したのは、テメーの暗殺だった。テメーが遠出したときにでもひっそり闇討ちしようと思っていたんだよな。なに、テメーが勝手に崖から足を滑らせたとか、おぼれちまったとか、森で行方不明になったとか……プーチンにも、あの監視のお姉ちゃんにも言い訳が立つやり口は幾らでもあった。俺らはその機会をずーっと待ってたのさ。
 プラトのほかに、周りを取り囲む男たちは8人。反乱軍は9人だろうか。いや、外からの侵入を警戒して1~2人を配置している可能性は高いから、情報通り10人前後といったところか。
だが!
 モスク内に声を響かせたプラトは、天馬を見下ろし続けてゆく。
テメーはアスタリア人に税金を課したり、監視したりするシステムを整備していながら、まるで遠出なんかしねえ。それどころか、市庁舎の外に出るようなこともねえ。

どういうことだ!?

ああ!?

聞けば、ずっと部屋に閉じこもってばかりいたそうじゃねーか。トイレと風呂の時間以外は、ずっと市庁舎の物置でおびえて暮らしていたそうだな。テメーみたいな引きこもりに好き放題されるのは、ますます腹が立つぜ!

 ようやく、天馬の顔からは痛みが引き、態勢を立て直しつつあった。天馬は鼻血を腕で吹き払い、背後の机に背中を預けてプラトと向かい合う。

 これ以上、プラトの一人語りを続けさせるつもりはなかった。主導権を、そろそろ奪いにいかなくてはならない。

クククククク……。
なっ、なんだ……?
クククククククククククク……。
なにがおかしい!
その哀れ極まる犬っぷりを見て笑わない人間などおるまい。

貴様こそプーチンの犬だ。

てめえッ!

今すぐ殺されてえのかッ!?

俺を殺してみろ!
ああー!?
大統領であるこの俺を闇討ちするといったな? 貴様はプーチンやロシアの援助が途切れるのを恐れ、俺には隠れてしか手を出せなかった。俺が大統領執務室で毎日のように忙しなく巨大ボスとの激闘を繰り広げていたにもかかわらず、コソコソと様子をうかがうだけで無為に何日も過ごしてきた貴様らの愚かしさよ!
!?
貴様らはプーチンの犬のみならず、信じがたいほどの無能な阿呆揃いだ。

 これには、さしものプラトたちも、言葉より手のほうが早かった。

 プラトが、しゃがみこんで天馬の頬に拳を喰らわせた。天馬は苦痛にうめきながらくずおれた。

 そして床に再びひれ伏した天馬に向けて、周りの男たちも一斉に蹴りを突き入れ、暴行を加え始めた。

望み通りに殺してやるよ!

 息を切らせながら、プラトは激しく天馬を蹴り飛ばした。

 だが天馬は暴行を受けながらもあざ笑うことをやめない。

クク……犬に神が殺されるものか……。

 それがさらに男たちを逆上させた。

 尚も暴行にさらされるなかで、天馬は血みどろになっていた。

 朦朧とした意識のなか、なんとか天馬は懐に手を入れた。一瞬、男たちの足が止まり、そくざに半歩後退する。天馬が拳銃を取り出すのだと誤認したのだろう。代わりに天馬が掲げ持ったものは小瓶だった。

貴様らも道連れだ。

【アスタリア兵】

はっ、そんな小瓶で何をしようと言うんだよ。

これは、俺が政府軍との戦闘で投入した生物化学兵器だ。

【アスタリア兵】

ひっ!?
 一人が小さく叫び、男たちはさらにあとじさった。
まさか貴様らは、この俺が何の用意もせずにここに来たとでも考えていたのか? アスタリア大統領として、反乱軍を制圧するのは俺の務めだ。貴様らを説得できなくば、この毒ガスで貴様らを殲滅するだけだ。
 オーレスの公共放送が天馬の毒ガスを報道していたことが、ここにきて活きてきた。毒ガスなど偽物だが、政府軍にとっても味方にとっても、誰がどういう状況で死んだのか一人一人の死因を精査までできるはずもないのだから、疑惑さえあればそれが本物として機能するのだ。実際、毒ガスで死んだと想定される者を誰も確認はしていないが、それでも毒ガスが偽物だったなどと天馬のほうから誰かに伝えたことは一度もない。戦場の終局において、イヴァに「味方には効かないような構造で作った」と伝えたくらいだ。
テメーも死ぬんだぞ?
俺は幾度となく死地をかいくぐってここまで来た。ティアマット戦で俺以外のパーティーメンバーが全滅しても、俺だけは生き延び場を制圧した。数百ものエイリアンと対峙しなくてはならなかったとき、ギルメンが根こそぎ薙ぎ払われようとも、俺だけは場に踏みとどまりギルドハウスを守り通した。先の政府軍との戦闘では、俺の無人兵器『SVキャノン』だけでは制圧しきれず、俺が自ら政府軍の前に飛び出してこの毒ガスで戦闘を終結させたのだ。いかな化学兵器をもってしても、この俺だけは殺せない。
バカなことを。毒ガスで自分だけは死なないなんてありえるものか。
ククク……そいつはどうかな。

この俺は遺伝子工学にも精通している。俺以外の地球人類のすべてが死に絶える生物化学兵器の製造など、お手の物だ。

神は死なないのだよ。

 そんな天馬の話を、男たちがどこまで素直に受け止めたのかはわからない。だが男たちがさらに後じさったのは確かだった。

 場は、沈黙が支配した。

 天馬は、掲げた腕を下ろし、打ち据えられた身体を起こして、背を再び背後の机に預けた。

 そして呼吸を整え、男たちと対峙する。

 誰もが、次の一手を決めかねているようだった。

 天馬は男たちに教え聞かすように、静かに口を開く。

貴様たちは、この俺の生物化学兵器を信じるのだろう?
 誰も応答をしなかった。否定してこないのならば、「応」という理解でいい。
俺が開発した無人兵器『SVキャノン』も見たはずだ。そして、国民管理システムもすでに貴様たちは触っている。貴様たちが自分のデータを書き込んでいることを確認しているからな。これらのものは、すべて俺が作り上げてきたものだ。
 実際のところ、現実的に兵器やシステムを開発しているのは他ならぬ天馬である。いくら天馬にアスタリア人が反発しようとも、それは揺るがぬ事実であったし、誰か別の人間に代わりが務まるなどと考えている者もいなかった。
そして次に、この俺はアスタリアに新しい金融システムを構築し、中央銀行を創設する準備もしている。初代中央銀行総裁は、もちろんこの俺だ。大統領でもあり、中央銀行総裁でもあり、軍事指揮官でもあるこの俺の無双チートぶりが半端ない。なんだこの偉大性は……。
テメーは自分の自慢をしたいだけなのかよ……。
俺の自慢、だと?

アスタリアの自慢をしているのだ。この俺こそがアスタリア帝国そのものなのだ。貴様は、アスタリアのことを誇っていい。

…………。
 ふとプラトは、奇妙な顔をした。アベコベに感じたのだろう、すぐに言葉が出てこないようだった。
ただし、俺の能力は、まだまだこんなものではない。ごく近いうちに、アスタリアに有能な人間たちが集まり、世界各国から膨大な資金が集まり、配備する無人兵器の数々はアメリカ軍の戦力を遥かに凌駕することになる。俺が考えた世界最強の帝国だ。
バカな……。アスタリア人なんてたかだか数千人の山岳民だぞ……そんなこと、実現できるはずもねえだろうが……。
実現できるかどうかは俺が決める。誰の指図も受けない。
な、なんでテメーが決めてんだよ……。
大統領だからだ。
じゃあ……なんでテメーはいきなり大統領になってんだよ……。
俺が決めた。

俺がここに来てやるということは、大統領の椅子が用意されていて当然のことだ。それ以外で、この俺は動かない。たとえ目のくらむような大金を積まれたところで、神を動かせると思ったら間違いだ。

イヴァが族長じゃねーのか?
イヴァは族長として機能することに変わりはない。それがどうしたというのだ。
はあ? だ、だってよ……。
だってもクソもあるか!

自分が何も考えられないのなら偉そうにするな!

俺に思考を預けわたせ!

なっ……。
いずれアスタリアが世界を征服し、支配する。我が帝国は、かつてのローマや、ひと世代前のアメリカなどを遥かに超える、史上最大の大帝国として地球上に君臨するのだ。
そんなこと実現できるわけ――
できる!

俺がここにいるからだ!

 すっかり男たちは唖然としてしまっていた。

 ただ、すでに天馬を足蹴にしようとか、殺そうなどと考える者がいなくなっていることだけは、男たちの表情の変化を通して実感できた。

その俺を、貴様たちには殺せるか!? このままジリジリと内戦を続け、働き手となる男たちを戦場で殺していき、アメリカの走狗と化したオーレス共和国政府に支配されるのを待つだけか!?
 天馬は男たちを睨み返し、さらに声を大にする。
この俺が、貴様らを救ってやる!

アスタリアこそがこの俺だ! 貴様らのような低能は、俺を殺せば目先の満足感に浸れるのかもしれん。だがそれは、アスタリアを殺したということになるのだぞ!?

もともと日本人だって話だろ……? そいつがロシアの都合で派遣されてきた。そんなテメーが、本当にアスタリアと運命を共にする覚悟なのか……?
国籍がどうした! ロシアの都合がどうした! 日本だろうがロシアだろうが中国だろうがアメリカだろうが、我が帝国の威光の前に立ちはだかれば、根こそぎ踏みつぶしてやるだけだ。プーチンとて、この俺に利用されているだけの哀れな存在にすぎない。
プーチンを……利用……?
 プラトは想像もしていない発想の転換らしかった。
日本国籍など、今ここで、この場で捨て去ることを誓ってやる。ロシアごとき、いずれ我が帝国の支配下に置いてやることを誓ってやる。貴様たちごとき反乱軍風情に、大統領たるこの俺が、こうして誓約することの重みを思い知れ!
なぁ天馬さんよ……。こんなふざけた話があるのか……? わけのわからんヤツがやってきて大統領と名乗り、俺たちに指図してきたり――。
いい加減にしろ! 女々しい堂々巡りは断ち切れ。グダグダ思い悩んでいいのは女だけだ。男なら、覚悟を決めるときは身体を張って挑むものだ。
 またもや言葉を失った男たちに向けて、天馬は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
フン、愚民どもを相手にするとこれだから困る。

……いいだろう。貴様たちの小賢しい性根は、どうやら死なねば治らないようだな。ならばこの俺が治してやろう。遺言を残す時間を与えてやる。

遺言……? どういうことだ……。
ここで死ねということだ。貴様らごとき、そのくらいのほうが丁度いい。
 言いながら、天馬は再び瓶を掲げ持った。
待て……。
ククク、それが遺言か。自分の無惨な極限の姿を晒して、よくぞおめおめと生き続けていけるものだな。俺なら自ら死を選んでいるぞ。代わりに俺が殺してやろう。
 男たちは転げるように天馬から遠ざかった。慌てて扉に手を掛け、外に逃げ出そうとする者もいた。
死ぬがいい!

 天馬は扉に向けて瓶を投げつけた。

 ガラスの割れる音が鳴り響いた。

【アスタリア兵】

あああああああああ!

 男の一人が悲鳴を上げ、それがさらに混乱を巻き起こした。

 男たちは口元を押さえたりしながら、地べたにひれ伏していた。

 天馬は顔から血を流し、体中の節々が痛んでいたが、残りの力を振り絞り、ひれ伏す男たちの真ん中で立ち上がった。そしてその場を動かず、静かに天馬は男たちを睥睨し続けた。

【アスタリア兵】

……あ?

【アスタリア兵】

なんだ? ぜんぜん苦しく……。
貴様らは今日ここで死んだ。過去の貴様らを、この俺が殺したのだ。そしてこれから先の命は、俺に渡してもらおうか。

 天馬は靴音を響かせ、這いつくばるプラトの下に歩いていく。

 そしてプラトを見下ろした天馬は、淡々と問いかける。

惨めな自分の本性を理解したか?
…………。
本当の極限にあって、その人間の核心が曝け出される。貴様は弱い男だった。それを知っただけでも、この俺に感謝するべきだ。
……なんで……なんでアンタはそんなに強いんだ……?
言ったはずだ。俺は数々の命のやり取りを交わしてきたのだと。毎日が戦場だった。毎日が死と隣り合わせの日常だった。マウスを握りしめる手が凝固し、思わず声を上げてしまう恐怖に心を鷲掴みにされてきた日々だ。それは今でも変わらない。
 そして天馬は行動内を見回し、男たちのすべてに語り掛ける。
およそ25年にわたり、コンビニに出かける以外は自室で過ごす暮らしを送ってきた。だがしかし、いずれ俺は地球の最高権力者として君臨するにふさわしい男なのだと確信していた。真剣ではない日など一日もなかったのだ。そして俺は今、ここにこうして立っている。俺が世界を統べる日がやってくるのは、もうすぐだ。
……本当はよ……天馬さんはすげえんじゃねえかってわかってた……。政府軍を追い返したり、アスタリア全体に管理システムが導入されていったり……。こんなに目まぐるしく何か上のほうで政治が動いていくなんて認められなくて……たぶん嫉妬心とか、よそ者に好きにさせて溜まるかとか、そんな卑下た気持ちがあったんじゃねーかな……。
貴様はイヴァの父親のサポートをしていたと聞いていたが?
そんな大そうなもんじゃねえ。ロシアが少数民族の独立武装蜂起の中核メンバーのための軍事訓練を定期的に施しているんだが、俺はそこの養成所に1年間行っていたから、戦闘にちょっと手慣れていただけだ。アスタリア全体の政治とか、そんなものは俺にはわからねーよ。
いや、貴様は翡翠の密貿易で中国人相手の交渉役も担ってきたはずだ。悪くない働きを残してきたのを俺は把握しているし、何より貴様は金に綺麗な男だったことも調査済みだ。管理していた金のすべてを、貴様がくすねたことは一度もない。
金に綺麗いか汚いかなんざ、戦闘には役にも立たたねえシロモノだよ。こんな時代にこの場所で、どう活かせるっていうんだ?
俺の下で活かす道がある。この俺は、信頼できる人間を一人でも多く必要としている。
俺は天馬さんに逆らった男だ……。殺すことまで考えていたんだぞ……。
それがどうした。

プラトよ、貴官を親衛隊長に任命する。

……親衛隊長?
アスタリアの警察業務全般、そしてこの俺の警護を務めよ。

もともと警察は必要だった。今のところアスタリア人は顔見知りばかりのせいか、犯罪はほとんど見かけないらしい。だが帝国領域が拡張していけば、必ず各地の治安維持に人員を要することになろう。我が帝国においては、この俺の親衛隊が、その役目を担うのだ。

い、いいのか、本当に俺で……?
問題ない。

大統領に公然と反旗を翻したほどの決意、我が下で活かすがよい。

こんな俺なんざ何の役にも――
 プラトが言い終わる前に、またもや天馬が一喝を喰らわせる。
女々しいことをほざくな!
 這いつくばったままのプラトは、静かに天馬を仰ぎ見る。
……わ、わかった……いや、わかりました、我が大統領……。

どうかこれより、忠誠を誓わせてください。大統領が創り上げる新しい世界を、そばで見させていただきます。

うむ。

胸熱くしながら特等席で見届けよ。

 そして天馬は講堂内を睥睨し、声を大にする。
お前たちもだ! ここにいる人間全員、親衛隊に編入するぞ! 職を持っているものは、親衛隊と仕事を兼ねよ。この俺を警護する栄誉をお前たちに許す!

 男たちは感極まったように「応!」と声を響かせた。

 次の瞬間、天馬はグラリとよろめく。

だ、大統領!
 プラトが身体を起こし、慌てて天馬を抱き留めた。男たちも駆け寄ってきて天馬を支えてくる。
いささか血を流しすぎたようだな……。しばらく神の休息だ……。
 それだけを言い残し、天馬は意識を途切れさせた。

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