佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=2,720文字


 ――どうやら、またしてもうたた寝をしてしまっていたようだ。
 気が付けば、いつの間にやら夜は明けていた。
 自分の体を包むように人肌の熱を感じて視線を動かせば、ナビくんの顔が肩上に乗っている。本当に昨夜からこっち、この状態で過ごし続けていたようだが、疲れないのだろうか。私は楽だからいいんだけど。
 とは言え、いつまでもこのままの状態でいるわけにもいかない。
 周囲に人影が増えつつある現状で、こうも距離が近い状態を見られるのは流石に恥ずかしいからである。
「……ナビくん。そろそろ移動を始めたいんだが。私を解放してくれないか?」
「いやです。寒いです……」
 しかし、優しくお願いしてみたものの彼女はそれを拒否してきたので。
 ……仕方ないか。
 溜め息を吐いた後で、彼女の頭にアイアンクローをかけた。
「あいだだだっだだだだ!」
 遠慮なく力を入れていることが功を奏したか、彼女はそんな悲鳴をあげた。だから言う。
「いい加減離れなさい」
「わ、わかりましたからはなしてー!」
 本当によくわかったらしく、私が彼女の頭から手を離すやいなや、彼女はすぐに私の体を解放して離れていった。
 そんな彼女の様子を見て吐息をひとつ吐いた後で、私はのんびりと立ち上がってから軽い伸びをする。
 そんな私を見ながら、彼女は言う。
「……佐藤さんは割と肉体言語で会話をしようとしますよね」
「言って聞かない相手にはそちらの方が早いからね。別に言葉で解決できるのなら、それに越したことは無いと思うけど」
「私とのときもそうしてくださいよ~」
「私は手を出すより前に、ちゃんと言葉でお願いしただろう。それを拒否したのは君の方じゃないか」
「……それを言われるとどうしようもないんですけど」
 うー、と不満げに唸る彼女を見て吐息を追加した後で、私は言葉を続ける。
「まぁそれはさておき、だ。今日の予定を話そう。
 実は行きたい場所があるんだが――ナビくん、君は夢の国への道順を覚えているかい?」
「すみません、わかりません」
「……知ってますと言わないだけ進歩としよう」
 彼女のあまりにも潔い返事に、思わず口から溜息が漏れた。
 ただ、知らないものをちゃんと知らないと言う相手を責めるわけにもいかないし。気にしたところで何の解決にも繋がらない。
 今はどうやって問題を解決するかについて考えなければならない時間である。
 そう思って、しばらく黙って考えた後で。
 彼女に思いついた疑問をぶつけてみることにした。
「ナビくん。携帯端末みたいなものは持っているかい?」
「携帯端末、ですか? えーっと……これですかね」
 と言って、彼女が取り出したのはよくある形をしたスマートフォンだった。機能まで私の知るそれと同じかまでは知らないが。
「少し借りても?」
「どうぞどうぞ」
 持ち主に許可を貰って、画面上の指示やら説明分やらを濫読する。
 日本地区というだけあり、作られているもの、流通しているものの基本言語は日本語のようだった。
 普通に考えれば、この世界の言語で情報が表示されている方が自然なようにも思えるが――そのあたりの不自然さは私にとっては問題になるものでもないので気にしないことにして。
 どうやらネットでの検索方法も見知ったものと同じだとわかり、早速目的地への道程について検索をかけてみる。
 現実世界の地理であればある程度は――有名どころの周辺地理くらいであればわかるのだけれど。
 ……すんごい配置になってるなぁこれ。
 昨日の時点である程度わかっていたことではあるのだが、この夢世界は現実世界と比較すると地理が大きく歪んでいるようだった。なにせ、スカイツリーと川崎大師を徒歩で行き来できるのだから、その歪みようは相当なものであると言わざるを得ない。
 初日に受けた彼女からの説明で情報は既にあったとは言え、実際に自分で調べて、改めて状況を認識すると、やっぱりちょっと驚いたりもする。
 ……まぁ今更と言えば今更だけどね。
 そんな言葉を思って吐息をひとつ吐いた後で、余計な方向に走りつつあった思索の方向を元に戻す。
 なんにせよ、このスマートフォン――らしきもの――で色々な情報を確認できることがわかったのは、嬉しい事実である。私自身の持っている地理情報がまるで役に立たないことがはっきりしたからだ。
 ……さて、うまく見つけられるかなー。
 そんな風に考えてぐるぐるとアプリケーションを回していると、やがて地図とナビの複合アプリが見つかった。やるな、夢世界のスマートフォン。
 目的地である夢の国への行き方を確認する。
 現実世界における川崎大師と目的地の間には、交通機関を利用してだいたい一時間くらいの距離があるはずだったが、この世界では約三十分でつくらしい。間の不要な――というと色々と失礼だろうが――ものが無くなっているから、なのだろう。
 ここは夢の世界であり。誰かが注視する何かが集まる場所なのだと、そういうことである。
「…………」
 私は無言でアプリケーションを操作して、道順にあたりをつける。
 そして、それらの作業がひと段落したところで、ぼんと後ろから衝撃が来た。
 それには声もついていて、
「佐藤さーん、道順わかりそうですかー?」
 その声を聞いて、どうやら彼女がまた背後からべったりと抱きついてきたようだ、ということを理解した。
 しかし、昨夜から思っていたのだが――
「なぁ、ナビくん。昨日も少し思ったことではあるんだが。
 随分とべったり構ってくるようになったのは、別段問題はないんだけど。そもそもの話として、何で急にそんな風になっちゃったの?」
 そうやって正直に聞いてみると、彼女はふふと小さく笑ってから、こちらを抱きしめる力を強めながら答える。
「佐藤さん、優しいですから。それだけで十分ですよぅ」
 それは回答になっているのだろうか、と思わなくも無かったけれど。彼女がそう言うからには、それが根拠なのだろうと考えることにしておいて。
「……まぁいいけど。道順がある程度わかったから、頑張って夢の国に向かうとしよう。
 ――だから離れなさい」
 いつまでも抱きついたままでいる彼女に、少し声音を低めにしてそう宣告した。
 私の言葉でアイアンクローをくらった痛みや恐怖が蘇ったのか、彼女は即座に体を離して直立敬礼の姿勢をとる。
 そんな彼女を見て少し笑ってしまったけれど。
「いい反応だ、ナビくん。では、さくっと遊びに行くとしよう」
 そう言って、私は彼女の手を引いて目的地へと向かうことにした。


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