もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

幕間劇:『死亡推定時刻は100年前』

エピソードの総文字数=1,868文字

「神が死んだようだぞ……」
「ククク……、所詮(しょせん)やつは我等四天王の中でも最弱……」
「こんなに早くやられてしまうとは……、まったく我等四天王の恥さらしよ……」
注:↑菅原(すがわら)ひとみの脳内の方々です。
(ああ、神様、本当に? 死んじゃったのですか?


 主よ、それってどう思われますか?)

もちろん答えはない。
(こんなに真剣に祈ってるのになー)
朝のお祈りのあと、ひとみはめずらしく礼拝堂に残り、追加で個人的な祈りを捧げていた。
通常、女生徒たちは朝、お祈りを済ませるとそそくさと急ぎ足で(でも静かに)礼拝堂を後にする。
なぜって、朝食に間に合わなくなるからだ。
敬聖の学生は朝から忙しいのだ。
そんな中、ぽつんと居残るひとみ。
わりと目立つその姿を、不思議そうに観察する目があった。
「ひとみっち……。最近めっちゃ明るくなったと思ったら今日は悩んでるみたいだわサ。一体どうしたっぽ?」

柏野(かしの)ようこは、ひとみに声をかけようと、いったんは出かかった礼拝堂に再び入りなおそうとする。

と、そこに背後から声をかけてくる者がいた。

「あら、柏野さんでしたわね。ごきげんよう。どうなさいましたの? 朝食はもうお済みになって?」
早乙女(さおとめ)れいかである。
「びゃっ! そそそそうでしたっ! 朝ゴハンまだだっぽ! さいならー!」
ぴゅー! と効果音が聞こえるような速度でようこは走り去る。
「あらあら、だいぶ警戒されておりますこと」
「あの子はスピーカー体質で探りたがり屋らしいからな、あまり首を突っ込んでほしくはないが」
れいかの後ろから小早川栞理(こばやかわ・しおり)も姿をみせる。
「でも、ひとみちゃんのお友達みたいだし、彼女があんな調子だったらそれは気になるかも、ですわね」
「ふうむ、悩ましいところではあるなあ」
「あら、ひとみちゃんのこと心配ですの? クールな栞理が下級生のことを思うなんて……。やっぱり後輩はかわいいのかしら?」
「ふん、単に夜の読書会のことを知られたらいろいろ面倒なことになると思うだけさ。なにしろ、読んでるモノがモノだからな」
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。『神は死んだ』という言葉で有名なドイツの哲学者。その最高傑作にして本人みずから「人類への最高のプレゼント」とまで言ったという『ツァラトゥストラ』を、彼女たち3人は毎夜図書館地下の秘密部屋でまわし読みをしているのである。死んだ呼ばわりされている神の信者が集うこの学校では、もちろん単純所持はおろか閲覧禁止となっている禁書扱いの本をだ。
「あの子もやっぱりショックだったみたいね。何の疑いもなく信じていたみたいだし……」
「そこに疑問を持つのが、最初の足掛かりなのかもしれないな」
なんだかんだ言って心配そうに見つめる上級生たちである。

彼女たちに見られている本人は、悩んだすえにそろそろ何を悩んでいるのかよくわからなくなってきてしまっていた。

おお、神よ! 死んでしまうとはなさけない!
「十字架の前で何を言っているんだあの子は!?」
「よいしょっと!」
掛け声とともに立ち上がり、振り向いて先輩たちを見つけるひとみだった。
「あ! 先輩! どうしたんですか!? 急がないとゴハン食べそこなっちゃいますよー!」
(なんだ、ずいぶん元気じゃないか。ふっきったのかな?)
「ひとみちゃんが悩んでるみたいだったから心配していたのよ」
たったったっと両先輩の元に走り寄るひとみ。
(かわいらしいけれど、礼拝堂で走ってはいけませんよ)
「わたし、気が付いたんです!」
「ほお、何をだい?」
「イエス様は2000年くらい前の人だから、その頃は神様生きてたんですよ! だからきっと神様の声が聞けたんです、イエス様は嘘いってるわけじゃないです。なので、問題なし! です!」
(ええっと……? あれだけ悩んでいてそういう理解なのか?)
「そ、そうね。でも、あんまり外でその話しちゃだめですからね」
「はーい☆」
「特にあの柏野(かしの)ようこには気をつけてくれたまえ、君の様子に、なにか興味をもっていたようだぞ」
「えー!? そーなんですかー? でもたぶん朝ごはん食べたらほかのニュースでいっぱいになっちゃいますよ、彼女。毎朝そうなんです」
「なるほどな。さすが同級生よくわかっているようだ」
「そういえば、ひとみちゃんも朝ごはんまだでしょう? 急がないとね」
「ひゃー! いっけない! ダッシュですよ先輩っ!」


「ぴゅーー!」

効果音を口に出して走り出すひとみ。
「こらっ! 走っちゃダメ!」
「はははは、では、僕らも急ぐとしよう」
〈つづく〉

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