パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

石造りのゴーストタウンと、聖母マリアの家

エピソードの総文字数=5,549文字

〔――俺の茶室独演会は、引き続き行われている――〕

 時間があったので、カヤキョイと、聖母マリアの家について調べてみたのが、この様々な写真だ。これは、個人の旅行ブログなどから集めてみた。

 残念ながらカヤキョイはゴーストタウン、あるいは石造りの廃墟の街であり、それを〝売り〟とした観光名所であると言うことしか、現時点ではわからなかった。正直なところ、情報が乏しい。

 ただ、もう一つの、聖母マリアの家に関しては、信仰を扱っているためか西洋人観光客が少なくなく、それなりの写真と口コミ情報が得られた。聖母マリアというのは、イスラム世界でも崇拝されているんだな、知らなかった。――何、崇拝という言葉ではなく、特別崇敬?また後で教えてくれ。

  聖母マリアの家の敷地内には、〝三つ並びの蛇口〟が設置されている。様々な人のブログを読んでみると、この蛇口からは何らかの泉の水が出るようであり、あるブログでは聖水(ホリー・ウォーター)などと書かれ、また別のブログでは病気が治るとも書かれていた。ここを訪れた観光客・巡礼客は皆、同じタイプの赤茶色の聖母マリア型に(かたど)られた土器ポットを持っており、そこに聖水(ホリー・ウォーター)を詰めて帰るようだ。この土器ポットは、あちこちの旅行系ブログで見かけるもので、現地にはふんだんにあるのだろう。

 俺はよくは知らないのだが、確か〝ルルドの泉〟とか、キリスト教の世界では存在しなかったか?ここでの水が、それと同じようなものなのかどうかは、俺には解らないが。
 この聖母マリアの家は胡散臭さも感じたが、調べてみるとそうではなかった。1863年に神の啓示を受けたというドイツ人の修道女アンナが語る言葉から発見され、以降、パウロ6世、ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世という歴代ローマ法皇が訪ねている。併せて、バチカンからの使者が毎年訪れているらしい場所なので、カトリックにとっては由緒正しい巡礼地なのだろう。

 ところで瓶白は、京都・清水寺に行ったことがあるか?遠足でも何でもイイが。ああ、そうだ。え、大凶?そうだな、あの寺は今もなお、元三大師様の御考案による御神籤配分(おみくじはいぶん)を守ったままだろうだから、凶や大凶が、少なくないんだよ。結構出る。それはともかく、そこに音羽の滝と呼ばれる、三つの滝があったのを覚えているか?基本的なルートで行くと、京都の東側にある山を登って、池の横を通り、それから拝観。その後、清水の舞台から京都市内を一望するなどして、それから坂と階段を下った場所に、その滝がある。清水、とは、この滝から流れる、清い水を指すらしい。

 これが解った上で、お婆さんは、花山法皇がお作りになった清水寺の御詠歌〝松風や 音羽の滝の 清水を 結ぶ心は すずしかるらん〟にちなんだ言葉を、メッセージの三段目に差し挟んでいるのだろう。

 この聖母マリアの家を巡礼する時も似ていて、入場料を払った後は上り坂。なぜって?山の中にこの巡礼地はある。山は〝ビュル・ビュル山〟といい、何か液体などが噴出する擬音のような名前なんだが、それはまあいい。途中で洗礼用の、壷のような形に掘られた小さな(バブテスマ)を通り過ぎ、坂を上ったところに聖母マリアの家こと、礼拝堂がある。礼拝堂で祈った後は、階段で少し下るのだが、そこがこの写真、〝三つ並びの蛇口〟があるところだ。そして巡礼者はここの水を汲んで帰るらしい。似ていないか?清水寺のシステムと。そもそも、 厩戸皇子・聖徳太子の存在や、浄土真宗自体、色々と西洋的な概念とソックリなところがあるんだが。ほら、アミダってヘブライ語にもあるし、ま、そこは今は話すことじゃないか。

 ああ、悪い、話がそれた。メッセージにおける三段目の位置と内容の一部がが合致しているから、数値部分の復号仮説は、ほぼ間違えていないだろう。ビュルビュルは三段目の『ブルブル』だな。ただ、二段目のメッセージが全く解らない。カヤキョイには、金や銀に関係する名物や歴史は、今のところ、特に見つけられなかったので。

 と、ここまでが、俺の仮説になる。

***

「何か質問はあるだろうか、瓶白」
 俺は説明が終わったことを告げ、瓶白が抱えた疑問点に応じることとした。
「数値部分に関してですが、西に何km、北へ何kmの方が解りやすくて良いと思うのですが、祖母が、緯度・経度の表記にした理由は何だと思われますか?解る範囲で教えてくれると有り難いのですが」
「……そうだなぁ。瓶白は、地球が平面で、蛇や象が大地を支えていると思っている、平面派(フラットアース)ではないよな?地球が平面ならばその方法で表せるが、地球が球体だと、緯度・経度等の表現を用いなければ、正確さに劣る。
 例えば、赤道直下の島から、東に四万キロ、北に5000キロだと、到達地点は単に基点から5000キロ北上しただけだが、順番を入れ替えて、北に5000キロ、東に四万キロだと、到達地点は基準点より北東にズレてしまう。
 聖母マリアの家、カヤキョイの位置を提示するときに、誤差が生じるのを避けたのだろう。あの暗号のように緯度・経度表現で〝秒〟の位まで提示すれば……そうだな、このあたりの緯度だと【南北に約31m・東西に25mの領域】に絞り込むことができる。秒まで記された表記法だと、地表を360の二乗と60の四乗の積、一兆六千七百九十六億千六百万の領域に分割できるという、そのメリットを優先したんじゃないだろうか?」

「わかりました。もう一点お尋ねしたい事があります。わざわざこの茶室を基点としている理由が、私にはわからないです。例えば、聖母マリアの家なら素直に、北緯37度54分42秒・東経27度20分02秒の数値部分を書き記せば良いのではないでしょうか? 37-54-42 27-20-02のように。他人に何かを伝えるならば、わかりやすさも重要だと思います」
「そればかりは、俺も、制作者であるお婆さんに訊いてみたいところだ。だが、俺にもいくつか気づいたことがある。あくまでも俺の直感だが、瓶白が先の質問のような、地理の地図等に関し苦手な部分があることをお婆さんは察し、具体的な地理の計算問題を作った、と考えられるし、また別の方向性で考えると、例えばあのメッセージ文章が、どこか外部へと流出した場合の、防衛策となることを考えていたんじゃないだろうか?一種のセキュリティーとして」

「地理……というより、地図は苦手です。数学と二大鬼門ですね、私にとって。ところで、セキュリティーとは、どういう事でしょう?もう少し解りやすく説明していただけませんか?」
「例えばあのメッセージの文面が、ネット上に出回ったとする。すると勘のいい人なら誰でも、記載された数値からメッセージ内容に、カヤキョイや聖母マリアの家が含まれていることを読み取ることができる。ところが、現状のように茶室からの差分表現で数値が記されているならば、茶室の存在や茶室の緯度・経度を知らないと、簡単には解けないこととなる。例えば、あのメッセージそのものがお宝の地図のような特性があるのだとしたら、瓶白に解ける程度の簡易な方法であったとしても、ちょっとした暗号化で隠蔽する必然性が生じる。もし、あの文章を狙っている悪意ある第三者が存在しているならば、有効なのかも知れない……少なくとも、第一段の文章から、日赤病院とステラマリア中だと理解できるような人でないと、解くためのハードルは上がるだろう」

「私の家族にとって、大切な物が標されたメッセージです。私以外に欲しがる人は、いるのでしょうか?まさかとは思いますが、私の父母や、親戚?……あ、でも……」
「でも……どうした?」
 言葉を濁そうとする瓶白を、少し深追いしてみた。
「いえ、唯の疑心暗鬼、企業秘密なので話せません」
 またそれか。――俺は肩をすくめ、互いに微笑み合うしかなかった。

 瓶白は満足したのだろうか、「シャッターを開けて、プロジェクタをしまって下さい」と居住まいを正していった。すると、茶室東側の電動シャッターと、室内の二枚のスクリーンが上がっていく。何?音声認識で家電操作!?なん……だと……!俺は、驚いた顔をしていたのだろうか、彼女は「時代は音声認識、だそうですよ」と俺に声をかけつつ、空になった俺のカップに、残ったコーヒーを全て注いでくれた。

「お見事です、金剛寺兄弟。まさかこの短期間に、ここまで調べ上げるとは。私なんて、さっぱり見当がつかず、途方に暮れていたんですよ」

「調べるのは色々と、大変だったよ。支払いすぎだろ、俺は。
 それよりも瓶白、どうするんだ?まさか海外、聖母マリアの家に行きたい、とか言い出さないよな?ここから西へ9100km以上、旅客機でも十二時間以上のフライトを要する場所だぞ」
「いえ、それが、行きたいのです。できるだけ、早い段階で。なぜならば、そこには確実に、何らかの私の家族に大切な物が残されたままなのです!……しかし困りました」

「とりあえず、俺はもうお役御免(やくごめん)、でいいよな?謎解きもほぼ済んだし」
「そうでしょうか?まだ二段目が残っていますよ。三段目もまだ謎がいくつか残っていますし」
 笑みをたたえながら、彼女は切り返した。
「いくらなんでも、高すぎじゃない?そのマドレーヌ。それとも何か?俺もトルコくんだりまで一緒に来い、と?」
「ええ、できれば。〝ふたりはひとりにまさる〟というではありませんか。もう少し、この労苦をわかちあっていただけると、私は嬉しいのですが、金剛寺兄弟(・・)
「伝道4:9か。それよりもいいか瓶白、我々はまだ知り合って一週間ということもあるが、そもそも十五歳の高校生だぞ?単独だと、宿泊にも困る年齢。さらに、俺は男で、瓶白は女。とにもかくにも、何をしても・しなくても、悪い噂が立つ。良い噂が立つはずもない。
 先日の放課後に十高で逢って以降、俺のアドバイス通りに校内で俺に寄ってこないのは、賢明な行動だ」
 なお、俺の頭の中では、伝道4:9ではなく、伝道4:11がチラついていたのは秘密だ。

 また、俺は彼女がこのような事を言い出すことを少しは予想して、飛行機のチケットはともかく、海外でのホテルの宿泊費や宿泊時の制限を宿泊予約サイトで調べていたが、多くの場合、未成年は親権者と一緒でないと、泊めてくれないようである。そのことを伝えてから、俺は話を続けた。

「もしどうしても行く、というなら、まずは瓶白の父母に頼んでみればどうだ?それが筋だろう?」
「――それが、私の父母は多忙で、多分、私と一緒に行ってくれないと思います。金剛寺兄弟の父母はどうでしょうか?」
「同じく無理だ。いずれにせよ、これは我々二人の手には余る問題。誰か、他の大人に頼む必要がある」
 空になったカップを指先で回しながら、俺は答えた。そして、思いつきたくもない案を思いついてしまった。
「大人――大人の家族か……あ、俺の兄貴は二十二歳だったな」
「金剛寺兄弟の御兄弟……ああ、これは実に言いにくいです……そのお兄様に、御同行を、お願いできますか?」
「さて、どうだろうか。兄貴も急がしそうだしな。もし瓶白が、この話を秘密ではなく、限られた他人になら話して良い、というならば今夜にでも兄貴に相談してみるが。そもそも兄貴には、暗号は見た瞬間に解けるという、太古からの忌まわしくもおぞましい呪いがかかっているので、俺より適任者だね」
「またまたご冗談を。ですが、わかりました。お願いします。金剛寺兄弟が信用している方でしたら、ご相談いただいてもかまいません」
 俺は、兄貴を信用しているのだろうか?互いに強く信頼はしているが、どこまで信用できるかというのは……。〝社会性〟という仮面を外した時に兄貴から滲み出る、暗黒三要素(ダークトライアド)、人外領域のアレ(・・)は、人と人の間に構築される『信用(コンフィデンス)』と、正反対の物ではないだろうか。兄貴は詐欺師(コンフィデンスマン)としての素養がありすぎるからな。ただ、悪人ではない。約束は確実に守るし、悪意そのものが存在しない。結局、悪意がないのに合わせて、善意もないという点が問題なんだよな。

 その後、瓶白は何かに気づいたような表情をして、こう俺に聞き返した。
「……そういえば、牛王姉妹はどうでしょうか?」
「姐さんはダメだよ、大学生だけど、まだ十九歳で未成年。さらにいえば背も低いし、服のサイズなんか5号だよ。見た目は子供、中身も子供、ワガママで、単なる騒音製造装置。いつまでたっても瞬間湯沸かし器……」

 俺が話している途中、後ろでガラス戸を開ける音がした。開けたのは、予定よりやや早く到着した、姐さんである。

「ジョーキ、話は訊かせてもらった。今後、ジョーキは静かに冷や飯が食べたい、そういうことなのかな?」

 姐さん、俺は、賑やかで、暖かい晩御飯を食べたいです。生まれてすみません。

ーーー
★伝導4:9 「ふたりはひとりにまさる。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである」
★伝導4:11「またふたりが一緒に寝れば暖かである。ひとりだけで、どうして暖かになり
得ようか」

作者コメント
この二カ所の具体的なマップ等は、私の「しゃべログ」でも紹介しておりますので、もしご興味がありましたら、ご一覧くださいませ。
http://shabelog.com/blog/glock17/

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