放蕩鬼ヂンガイオー

07「――発進、『クマリンオー』!」

エピソードの総文字数=4,127文字

「相手チームよりたくさんのLAEを集めたほうの勝ちだ! 懐かしのヒーローごっこ対決開始だぜ!」
「じ、上等だ! かかってこいや!」
「要するに『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』のヒーロー版だけどな」
「それは言わなくていい」



   ■   ■   ■


 大入りのレジャープール。
 その一部を強引に貸し切って設営された特設会場。

 ……といってもプールそのものが舞台装置として十分機能するため、ロープなどで仕切りを作ったり突貫の放送席が組み立てられたりしているくらいである。覆面AQもかなり集まっているらしく、その存在を知っていれば確かに怪しいなと感じる野次馬も散見された。

 ちなみに得点ボードを用意する予定もあったらしいが、併設の体育館に備え付けられている専用の電光掲示板を借りてきて掲げることに変更されたとかなんとか。

 ともあれ、ちょっとけっこう異常な雰囲気。

 渦中のプールサイドで、アロハシャツ&海パンの男二人が対峙していた。

「さぁて、燦太郎。ヒーローごっこを卒業したとか言い出して早数年。おめいの腕前がどんだけなまってるか見極めてやるぜ」
「それはどうかな。発散できずに長年溜め込んだ鬱憤をこの勝負にぶち込むわけだ、甘く見てると足元すくってやんぞ」

 バトル開始のゴングが鳴る。
 比喩ではない。戦場を見渡せるよう、高さがあるウォータースライダー乗り場に仮設された放送席で、本物のゴングが叩かれていた。

『さて。始まりました世紀のヒーローごっこ対決、会場は日本AQの提供により一部貸切となっております。司会はわたくし、友情出演の雁でお送りいたします』

 場内放送で響く雁のアナウンスによどみはない。
 もともとヒーロー好きなひとではあるが、普段よりノリが良すぎるのは会場の熱気のせいだと思いたい。

 先に動いたのは天甚だった。プールに向けて腕を広げてアピールする。

「まずはワシからいかせてもらうぜ。こい、ヂンガイオー!」

 天甚の指パッチンに合わせて、水中から無数の泡が立ち上り始めた。

 水面を割り……頭から滝のように水を滴らせたヂンガイが浮かび上がる。

 つむじから大量の水が流れ落ちており、その迫力はなかなかのもの。
 戦闘スーツのまま腕組み&ひざ立ちの姿勢であり、足の下にビート板を複数敷き詰めて浮きの役割を持たせているようだった。

 なお、そこそこ離れた位置から少女の浮上を見て迫力も何もあったものではないというのが一般の意見かもしれないが、その筋の人間には無限の想像力があるので脳内補完は造作も無いことである。

「……ぶはーっっっ! はぁ、はぁ、はぁ、どうだ! なのだ!」
『おおっと、早速出ました。これは格好いい。具体的な元ネタは不明ですが水中からの出撃シーンはいつ見ても心躍るものがありますね。勝負の開始までひそかに水中で息を止めていたのでしょうか、その点でもナイスガッツといえるでしょう』

 燦太郎は一歩しりぞき、倒れそうになるところを後ろ足でぐっと踏ん張った。

「くっ。さすがはじいちゃんだな。練習不足でぐらぐら揺れるのを必死で耐えているのが危なっかしいが、それすら気にならないほどの良いシーンチョイスだ。海中から現れたヒーローの荘厳さと力強さがうまく表現されてやがる……っ」

 そもそもこのレジャープールという舞台、伊達や酔狂で選ばれたわけではない。

 幼い頃から培った経験則で、燦太郎は骨の髄まで理解していた。
 ヒーローの真似事をするにあたって最適の設備、それがプールなのである。

 空想の世界に憧れる少年少女にとって、水の持つ浮力という特性と激しい視覚効果は、それだけで想像力をかきたてる素晴らしい演出装置なのである。それでいてビート板のような小道具を用意してハシャいでも路上よりずっと恥ずかしくないという特別な空気も兼ね備えており、日常にありながら手軽に非日常を体験できる貴重な施設なのである。

「もう勝負はついちまったかなぁ、ええ燦太郎?」

 勝負の鍵は二つ。
 水か小道具か、どちらかを有効に活用してこそプール遊びの醍醐味であろう。

「ほざくな、今度はこっちの番だ。――発進、『クマリンオー』!」 

 燦太郎の声が響く。

「あ、あんまりその名前を大声で呼ばないでくださぁい……」

 近くの売店に隠れていたくまりが、気乗りしなさそうに猫背で歩いてきた。

 先ほどまでの制服姿ではない。
 黒地の水着姿……なのだが、上半身だけ長袖のニットを上から羽織っている。かなり暑いのだろう、全身から大量の汗を流して息も絶え絶えであった。

「姫荻!」
「は、はい……っ!」

 くまりはぶかぶかのニットを引っ張って伸ばしながら三角座りの姿勢をとる。

 ニットの裾にひざをしまいこみ、袖に両手を引っ込め、さらに首元へ頭を丸ごと収納する。亀のような具合で、上半身のすべてをニットで包んだくまりである。

 不穏な空気が漂う中、燦太郎は意気揚々と掛け声を上げた。

「チェインジ!」
「ふ、ふぁい……」

 燦太郎の指示にあわせて、くまりはゆっくりと立ち上がる。

 ニットの内部からゆっくりと手と脚が伸びた。
 動作の最後に、くまりはニットから隠れていた首を突き出した。

 ……死にそうな表情のくまりフェイスが現れる。

「く……く、くまりん、おー…………、へ、へんけい、かんりょう……です」

 ものすごい汗と涙だった。
 顔どころか全身の肌が真っ赤だが、うん、相当暑かったのだろうよく頑張ったと燦太郎は頷いた。

 感銘を与えられただろうか、会場が大きくどよめいた。

『なんと! これは、よく伸びるセーターを使った巨大ロボットの変形ごっこです! どちらかというと悪ガキの遊びですが、確かにインパクトは抜群! お母さんに怒られるからよいこの皆さんは真似しないようにお願い致します!』

 天甚がよろめいて、姿勢を低く身構えていた。

「ちぃっ、まさか素人さん相手にそのプレイを強要するとは。しかも小道具とはいえプールとは何の関係もないセーター……ヒーローの鬼だな、燦太郎」

 心臓の弱い人間ならばドン引きもかくやという惨状を目の当たりにして、まさかの盛り上がりを見せる関係者たち。
 集められた覆面AQたちに加えて、よくわかっていない外野の一般客もいくらか観戦しているようだった。

 システム上、この投票に資格や道具は一切不要。
 ただ盛り上がるだけでLAEが集められて集計に加算されるのだ。

『判定が出ました! なお、本大会はヂンガイ選手の備品をお借りし、集められた燃えるエネルギーを数値化して百点満点で計測しております! さあ結果は!』

 電光掲示板の増設位置は、山を模したアトラクションのてっぺんである。

 視線が集まり、表示が光り、表れた数字は……ヂンガイ88、くまり75。

『おおっと、ヂンガイ選手の勝利です! 変形もよかったのですが、姫荻選手本人があまりにも恥ずかしがっていたため、格好いいというよりもむしろ扇情的だったのが敗因でしょうか!』

 会場全体から趣旨不明の大拍手が響き渡る。

 ガッツポーズで観客に応える天甚。
 ひざまずいて悔しがる燦太郎。
 大胆不敵に笑うヂンガイ。
 無の表情をしたくまり。 

 燦太郎はくまりの肩を叩き、屈託なく笑いかけた。

「なんだなんだ、まるで俺たちのあいだに深い温度差があるみたいじゃないか!」
「悪気がないのが逆につらいです……」

 違う違う違う違う、演習ってこういうやつじゃない。
 という、くまりの心の叫びがこちらまで届いてくるような錯覚を感じたが、気のせいだろう。近所のスーパーでも見かけた覆面AQたちが場外でニヤニヤしながら大騒ぎして喜んでいるが、それも関係ないだろう。

 くまりはニットを脱ぎ捨て、戦場に進み出た。黒地に白の縁取りが施された、ワンピース型の落ち着いた水着であった。

『素朴な疑問なのですが、ヂンガイ選手もワンピース水着ですよね。二人の女性がいるのだから、両者の水着はビキニタイプ・ワンピースタイプと取り揃えるのがサービス精神ではないのでしょうか』

 燦太郎と天甚、ふたりは全く同時に顔を振り向かせ、放送席の雁をきつくにらみつけた。

「「――女性ヒーローっつったら戦闘服はレオタード型って相場が決まってんだろがッ!」」
『し、失礼しました、勉強不足だったようです。それにトランジスタグラマーな姫荻選手に対してうまい棒みたいなガッカリ体型のヂンガイ選手ですから十分に差別化はされておりました。この場を借りてお詫び申し上げます』
「が、ガンこらーっっっ! あたしはガッカリ体型じゃないのだーっっっ!」

 わかっているのかどうなのか、多数の観客から勢い任せのブーイングが飛び交った。

 雁が釈明に時間をとられているうちに、くまりがもたもたとプールサイドを移動し、十個程度のヂグソーを取り出しヂンガイに差し出した。

 水中から手を伸ばして叩くように受け取るヂンガイ。

「護身用です、丸腰ではもしもの事態に対処できませんので。ポケットヂグソー、とでもしておきましょうか。デバンキングを解いてありますので自由に使ってください。」
「もともとあたしのなのだー」

 と、ヂグソーを握った手を沈める。
 よく見えないが、例によって水抜きにしまったのだろう。

「ヂンガイさん。手帳の件、燦太郎くんにバラさないんですね」
「は? あたりまえなのだ。そんなことするわけないし」
「……意外です。ヂンガイさん、あまりデリカシーがあるほうには見えないので」
「しっつれいな。そんなこと当然だし!」

 ヂンガイは一瞬だけ敵意を解いて、無邪気に歯を見せて笑った。

「だって、ヒーローはそんなことしないのだ」
「あ……」

 くまりは目を丸くして、それからヂンガイに微笑み返した。

「くまり、負けませんから」
「ぷくく。その気概だけは褒めてやるのだ」

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