先輩はエクソシストじゃありません!

第8話 怖い理由?

エピソードの総文字数=4,003文字

 突然自分の前で後輩が倒れ、その後も杏実に無理やり同行させられた八津貝先輩はひたすら戸惑っていた。とりあえず、早智が状況を説明する。
えっと、つまりその子は……スズさん? は、俺に相談があってきたと。
はい。
でも、俺が誰かわからなくてチャペルで探していたから、知り合った月無さんが教えてあげたと。
はい。
わかった、それはいいんだけど……何でこの子は俺見た時からずっと震えてるの?
それは……。
   「あなたにいっぱい憑いていたからです」とは言えない……既に八津谷先輩が引き寄せていたものたちは消え、早智自身の鳥肌もスズの鳥肌も引いていた。


   しかし、スズの方はまだショックが大きいのか、早智の服をギュッと握りしめたまま離さない。先輩は先輩で杏実にドアの入り口を塞がれていて出るに出られない。何だこの状況……?

(ねぇ早智、この子も見える人ってこと?)
   杏実が聞こえないようにひそひそ声で早智に聞いてくる。勘のいい彼女は、スズがチャペルを出た時の様子と、それを追いかけた早智を見ただけでほぼ状況を飲み込んだらしい。さすが六年間幽霊に悩む友達をずっと近くで見てきただけはある。
(うん、見えてるみたい。)
(すごい、早智以外に見える人会えたの初めてじゃん!……ってことは、これって先輩に幽霊を祓ってもらう相談に来たってことだよね? でも、先輩って見えてないんだよね? どうするの?)
   私が知りたいよ……流れに身を任せて講師控え室までついてきてしまったものの、「霊が見えちゃう相談者」と「霊が見えないエクソシスト」のやり取りがこれからどうなっていくのか全く読めない。


   そして自分もこの部屋でお世話になっといて何だが、こんなにすんなり講師控え室を使わせてもらっていいのだろうか……? 用務員さんは今日も不在だ。早智が倒れた時は許可を貰ったらしいが、今回はその様子も全くない。


   このままここにいていいのか不安な早智は、できれば早く別の場所に移動したいと杏実に目配せする。ところが、他学部である彼女の方がそこのところはあまり気にしてないらしく、逆にスズへ話を振る。

ねえ、相談があるなら言ってみないと始まらないよ。八津谷先輩も心が読めるわけじゃないからさ……たぶん……読めませんよね先輩?
そりゃ心は読めないよ。
よかった……「先輩、今日も髪の毛に中芝(中央芝生)の草つけてますね」って心の中で言ってみたけど、ちゃんと読めてない。
えっ、ずっと草ついてたの? それは言って……。
   ほぼ毎日頭に草をつけてチャペルに出ていることはまだ自覚してないらしい。スズの方は、杏実と先輩のやり取りに少し緊張がほぐれたのか、ようやく先輩に向かって口を開いた。
あっ、あの……他の人に聞いてきたんですけど、八津谷先輩は、霊とか悪魔とか見えるんですか?
   ついに、早智の裾から手を離してスズが口を開いた。いよいよ幽霊に悩むスズと「エクソシスト」との相談が始まる……。
いや、今のところ見たことないけど。
えっ……見えない……んですか?
   「話が違う……」といった顔でスズが早智の方を向く。早智も曖昧に笑って返す。あれだけ霊を引き寄せていながら全くの無自覚……エクソシストであるゆえに幽霊の中でも平気ならともかく、彼は自分の周りに集まっていることさえ知らないのだ。
幽霊が見えるなんて誰にも言ったことがないのに、ちょくちょくそう聞かれるんだよ……。
でも、「神学部に本物のエクソシストがいる」って……。
それは……たぶん俺のことだろうけど……実際悪魔祓いなんてしてないよ。
なっ、なぜ……?
いや、なぜって言われても……。
今まで何人も幽霊に困っていた人の悩みを解決したって聞きました。
確かに何人も相談には来たけど、俺が解決したわけじゃないよ。
えっ、じゃあ誰が?
みんな自分自身でどう対処するか見つけていったんだ。
自分で……私、自分でどうにかなんてできないです、あんなの……。
   スズは俯いて唇をぐっと噛みしめる。あっ、まずい……これ泣きそうだ。早智が焦っている間に彼女の目はじわっと潤い、今にも涙が出てきそうになる。
あんなのって?
   スズが泣き出しそうな中、先輩はためらう様子もなく聞いてきた。それまでと特に変わらない調子で。
ゆ、幽霊が。
幽霊? 幽霊がどうしたの?
出るんです。
出るってどこに?
うちに出るんです……毎晩。
ん……毎晩家に幽霊が出るから困ってるの?
そうです。
そうか……幽霊が出てくると何が起きるの?
えっ……。
 先輩の問いにスズはキョトンとする。幽霊が出る、その時点でもう何か起きてるのに、「幽霊が出たら何が起きるの?」なんて質問、なぜ今更するのだろう? 
幽霊が出たら……怖いです。
幽霊が怖がらせてくるの?
怖がらせてくるというか……。
幽霊そのものが怖い?
はい……。
普通そうでは?
「幽霊そのものが怖いのか」と「幽霊の行動が怖いのか」はだいぶ違うよ。
えっ……。
それに、何かを見て「怖い」って思うのは自然なことだけど、どうして「怖い」って感じるようになったのか考えるのも大事なことだよ。
 どうして「怖い」と感じるようになったのか……「幽霊」=「怖い」が当たり前だった早智は、今までそんなの考えたこともなかった。そしてなぜ、それを考える必要があるのかもよくわからなかった。
スズさんは、幽霊が出たらどうして怖くなるの?
えっ……死んだ人が出てきたら怖いから……。
スズさんの見る幽霊は知り合い? 死んだのを知っている人?
いっ、いえ……わからないです。
わからないってことは、見た目はそんなはっきりしてないってこと?
黒っぽい影みたいな感じなので……。
 スズの見え方も早智とほぼ一緒らしい。早智も幽霊の顔までわかることはほとんどない。たまにはっきりと見えることもあるが、だいたいは粗い白黒テレビの画像を見ているような感じだ。
それじゃあどうして「死んでいる人」ってわかるの?
えっ……どう見ても生きてる人じゃないから……。
生きてる人の霊って可能性はないの?
わっ、わからないです。生き霊と幽霊の区別とかは……。
じゃあ必ずしも「死んだ人」が出てくるのが怖いんじゃないよね。生き霊であっても怖いんでしょ?
はい……。
怖いのは「人」じゃないものが出てくるから? その姿が怖いの?
姿というか……関わっちゃいけないもの? が自分に関わってくるから。
どうして幽霊は自分に関わっちゃいけないの?
えっ……。
 スズは思ってもみなかった質問が続いて戸惑った様子だ。なかなか次の言葉が出てこない。早智も先輩の質問に戸惑っていた。なぜ幽霊が怖いのか? 幽霊の何が怖いのか? 改めて考えてみると、すぐには言葉になって出てこない。先輩は一息置いて、スズに質問を変えてきた。
スズさんは、その黒っぽい影みたいな幽霊が出てきて、何か生活に支障が起きている?
毎晩家に出てくるので……ここ一週間くらい怖くて帰れてないんです。
家に帰れないって……もしかして一人暮らし?
はい、実家が愛知なので今年の3月からワンルームに引っ越して……でも夜になるとそれが出るようになって。
えっ……きついね、それ。
   早智と杏実も岐阜から関西に来たのでそれぞれ一人暮らしだ。二人とも同じマンションに引っ越したため、なんだかんだ帰ってもどちらかの家で一緒にいることが多い。その理由の一つは、早智が自分の部屋の安全を確信するまで一人になりたくないというのがある。

 もちろん、「何も出る部屋じゃない」という意味での安全である。一人暮らしを初めてから何日かして部屋に出てくるようになった……という話はけっこうよく耳にする。引っ越してすぐは何も見えなくても安心はできない。
最初は何にも見えなくて、いい部屋だなって思ってたのに……学校始まってから何日かして、帰ってきたら夜出るようになってたんです。
「何にも見えなくていい部屋だな」っていうのは、前から見えることがあったってこと?  引っ越してからじゃなくて。
小さい頃から時々……見える時期と見えない時期があって、高校入ってからはずっと見えてなかったんですけど。
見えるようになったキッカケって何かあるの?
わからないです……小さい時はみんな見えてるかと思ってたし。
帰れないって言ってたけど、今はどうしてるの? どこか友達の家に泊まってるの?
こっち来てからまだそんなに仲良くなってる人いなくて……だいたいネカフェに泊まってます。
それはお財布も痛いね……。
ご飯、ちゃんと食べてる?
お金がちょっと……今日も朝昼抜くことになりそうで。
えっ、食べなきゃどんどん弱るよ。私の持ってきたパンあげるよ。
いいです、そんなの悪いし……。
なんか話聞いてたら私もお腹空いてきたな……後で一緒にご飯食べに行こうよ。どうせ早智もお弁当持ってきてたりしてないでしょ?
   悪かったな自炊さぼってて……杏実をジトっと睨みながら早智も頷く。確かに、小柄とは言え全体的に痩せている感じがする。見ていて心配になってくる。
私、今そんなにお金……。
大丈夫! 私たちも先輩に奢ってもらうから!
……先輩ってここにいるの俺だけだよね?
ごちそうさまです!
まじか……朝飯遅かったのに。
 えっ、奢りはかまわないの? と思う早智をよそに、少し早めのお昼へ行く雰囲気がもうできあがっている。既に杏実は鞄も掴んで準備万端だ。この後授業はないのだろうか……? それに、これからご飯に行ってもその後どうするのだろう? 先輩はスズの話を聞いてどう答えるつもりなのだろう?
それじゃ腹ごしらえに。続きは……ご飯が終わってからでいいか。うん、よし、行こう。
   まだ髪の毛にところどころ中芝の草がくっついている先輩は、とてもこれから幽霊に悩む学生の問題を解決するような人には見えなかった。けれども、結局杏実に押されながら、スズも早智も先輩にご飯を奢られることになった。

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