佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=3,334文字


 自らをナビゲーターと称した彼女に手を引かれて歩き、辿り着いた先にあったのは一種のテラススペースだった。
 いくつかある席のうち、入り口と思しき場所から最も遠い席のひとつまで進むと、彼女は私の手を離した。続く動きで椅子を引いて、こちらに視線を向けてくる。
 ……先に座れってことかな。
 向けられた視線に応じるように、私は彼女が引いた椅子に座る。
 そして彼女の様子を伺うために、私が背後へと視線を向けてみれば、
「ここでならゆっくりと話をすることができますよ」
 そう言って、彼女はにこりと笑って椅子から手を離すと、私の対面にある席に座った。
 私は彼女が席に着いたのを確認してから口を開く。
「それは嬉しいね。ゆっくりと座って話ができるというのは、今の私にとってはとてもありがたいことだよ」
 そう言って、私は彼女から視線を外して周囲を見た。
 相変わらず視界に映る光景は、説明するのもイヤになるような違いばかりだったけれど。その中においても、今目の前に広がっている水面が――海なのか湖なのかは判別がつかないけれど――私が見慣れている現実と変わらないことに、内心で少しほっとした。
 ……知らないものばかりが目に映る世界は、疲れものなんだな。
 そんな事実をひしひしと感じて、内心で溜め息を吐いていると、
「佐藤さんのほうから、何か聞きたいことはありますか?」
 視界の外から、彼女のそんな問いかけが聞こえてきた。
 私は視線を水面から彼女へと移してから言う。
「そりゃあ、いくつもあるよ。
 でもとりあえず、いの一番に聞きたいことがあるとすれば、それはいつになったらここから出られるのか、だろうね」
 彼女は私の質問を聞くと、困ったように眉尻を下げた表情を作ってから言う。
「……この世界に居るのは苦痛ですか?」
 ただし、出てきた言葉は質問への回答ではなくて、更なる問いかけだったのだけれど。
 私は彼女の質問を聞いた後で、少しだけ口にする内容を考えてから、彼女の質問に回答する。
「……いや、まぁ、正直なところを言えば。このタイミングでそんなことを聞かれても困るだけなんだが。
 それでも、君の質問に答えようとするならば。
 私はこの世界のことについてまだ何も知らない上に。自ら望んでここに来たというわけでも、たぶん無いから。単純に、ここに居ることに不安を感じているというだけだよ」
 彼女は私の回答を聞いて、少し驚いたように目を見開いた後で、何かに納得するように頷いてから言う。
「真摯に回答いただき、ありがとうございます。
 ――話を戻しましょう。
 いつ帰れるようになるのか、という質問でしたね?
 これは個人差があるので明確な時間を提示することはできまないのですが、把握している範囲では、最短でおおよそ三日となります」
「なぜそんな風に推測できるんだ?」
「現実世界に居る佐藤さんが目覚めれば、今ここに居るあなたはこの場から居なくなるからです」
 彼女の回答は、私がした質問から考えると微妙に欲しいところからはズレたものだったけれど。得られた情報から、私が求めていた部分について推測はできた。
「平均的な睡眠時間をこの世界で過ごす時間に換算すると、それくらいになるということかな」
「おそらくは」
 こちらが口にした推測を、彼女が否定しなかったということは、この推測はおそらく当たりなのだろう。
 そして、この反応から更なる情報を推測することができる。
 ……誰か試した人間が居る、かな?
 彼女はこの世界を夢世界と表現した。
 彼女の言う夢というものが、私の認識している言葉通りの意味であるのならば――そもそも、それらの単語の意味を摺り合わせる作業が行われていなければならないのだ。
 加えて、夢という言葉がそのままの意味で適用されるのであれば、ここに来た事実を覚えていること自体がかなり難しいはずで。それはすなわち、この世界に自らの意思で訪れるための方法が存在しているということを示していると考えられるわけだけれど――
「他に何か、知りたいことはありますか?」
 彼女の問いかける声が聞こえてきて、私は思索をそこで中断した。
 ……まぁ、そこについて私が考える必要はないな。
 うん、と自分の出した結論に内心で頷いてから、彼女との会話を続けることにした。
「この世界に通貨はあるのか?」
「あります」
「では、私が過ごす三日間の間に使用する貨幣はどうやって調達すればいい?」
 この質問に対して、彼女は持っていた鞄の中から、財布をひとつ机の上に出してから言う。
「こちらに、佐藤さんのお金が入っています」
 彼女の言葉を聞いて、机の上に置かれた財布を手に取り、中を見てみると――紙幣が数枚と、貨幣がいくつか入っていた。そのいくつかを手にとって見ると、Dという単語がついている。
 ……貨幣の単位だろうとは思うが、この世界はドル制か?
 そんな風に考えていると、貨幣の単位を訝しげに見る視線に気づいたのだろう。彼女が小さく笑いながら言う。
「貨幣の単位はドリーム、頭文字を取ってDです」
「わかりやすくていいな。……さて、この財布に入っている金額は、三日を過ごすに足るものなのかな?」
「私のほうで中身を確認した限りでは、三日を過ごすには十分すぎる額が入っています」
「もしも足りなくなった場合は?」
「あなたに用意された口座から引き落とすことができます。限度はありますが」
「……その金額の基準はどこに?」
「その方の現実世界における累計睡眠時間から、限度額が算出されているようです」
「……用意した覚えもない口座がある、というだけでも驚きだけど。そんな風に知らないところで、知らない場所の資産が増えているというのはむしろ怖いな」
「私たちもそう思います。
 ……もっとも、その仕組みについてまでは、詳しくわかっていませんが」
「だろうね。まぁ、別にどんな仕組みであれ、不意に訪れてしまったときに生活するための資金があるのはいいことだ。
 それで納得しておくのが一番だろうさ。
 ……しかしそうなると、長く生きているほど持っている資金が多いということになるわけか。
 実際にどれくらい持っているのか知らないが、この財布に入っている金額で十分に過ごせるというのであれば、使いすぎないように注意しておこう。
 ――では、最後の質問だ。君の役割は何か、改めて確認してもいいかな?」
「私は、佐藤さんがこの世界で過ごす間のサポートを行うために派遣されました。
 今回の佐藤さんのように、この世界に初めていらっしゃった方は、わからないことが多いということが明白ですから。
 佐藤さんがしたいことを相談してもらえれば、その手段についてお答えすることもできますし。今のように質問していただければ、この世界のことについて把握している範囲でお教えすることも可能です」
 彼女の回答を聞いて、私は少し考えてから言葉を作る。
「……能動的に何かを教えてくれることはない、ということかな?」
「……なぜそのようなことを聞かれるのか、その理由をお聞きしてもいいですか?」
 彼女からの質問に、私は肩を竦めて吐息を吐きながら答える。
「全部自分で考えて質問するのは疲れるからね。私が知っておいて損の無い、この世界の常識とかって、あるんじゃないかと思ってさ」
 彼女は私の言葉を聞いて、しばらく考えるように黙り込んでいたけれど、
「……私が思いつく限りでよければ。お話することは可能ですが」
 返ってきた答えは了承の意を含んだものだった。
 私は彼女の答えを聞いて、茶化すような気持ちで口を開く。
「それでいいよ。仮に言い忘れてた! みたいなことになっても――ちょっぴり怒るくらいだよ」
 そして、そんな私の言葉に、彼女はどう反応したものかと困ったような笑みを浮かべていたけれど。
 何を言うか考えるような間を挟んだ後で、
「では、私が思いつく範囲における、佐藤さんの過ごす現実との違いについてお話しましょう」
 彼女はそう言って、この世界についての情報を私に話し始めた。

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