ある青年の異世界順応記

はじまり:主人公、面倒事に巻き込まれる 2

エピソードの総文字数=2,583文字

 結果だけを言えば、思っていた通りの悪い方向に話は進んでいった。
 それでも最悪の結果――拷問の類にかけられたり、あるいは殺されたりといった結果にならなかっただけマシではあるのかもしれないが、現状を鑑みるとそうなってしまうのも時間の問題で、単純に、そうなるまでに時間が空いてしまっただけというような気もする。
 接触時は、案の定というべきか、不審がられてしまった。いや、あれは不審がられたというよりは明確な敵意すらあっただろう。警戒心が上限いっぱいであることは、近づくなと、彼らが携帯していた武器――一人は刀身の短いナイフを、もう一人はなにやら虚空に光る文字が浮かぶいかにもな魔法陣をこちらに向けてきたことからも明確だった。
 こちらは相手を刺激しないように、武器は持っていないと示すために、その場に止まって両手を上げて見せた。世界観が違う相手にこの意図が伝わるかどうかはわからなかったのだが、若干気勢が緩んだように見えたので効果はあったのだろうと思う。
 それをきっかけとして、畳み掛けるようにこちらのことを説明した。
 まずは自分に害意はないことを示し、次に、突然この場所に来てしまったこと、どうやら自分はこことは違う世界から来てしまったことを話した。そして、自分にはここで生きていく手段が無いから何かしら助けが欲しいと懇願した。
 懇願してしまった。
 それが致命的な失敗だと気付いたのは、彼らの態度の中身が変わったことを察した時だった。表面上は警戒を解いたようには見えないし、武器を構えられている状況も変わらない。しかし、舐められた気配だけは敏感に感じられたのだ。
 パニック状態のまま、何か行動を取ろうとすると失敗する典型である――なんて回想できる状態で居られることを幸いとするべきかどうか、迷うところだが。それはさておき。
 こちらを下に見た相手は、もはやこちらに譲歩するとかそういうことをしない。そして、見知らぬ誰かに対して採る行動というのは決まっている。
 魔法陣を向ける一人はその場に留まったまま、ナイフを構えていた一人がこちらに近づいてきて、その後、こちらの体を拘束してきた。目隠しまでつけてくるのだから徹底している。
 抵抗をしようと思えばできたかもしれない。しかし、体力も既に尽きかけていたし、仮に彼らをどうにかできたとしても、状況は好転しなかっただろう。まぁ魔法みたいな得体の知れない何かを使う相手に勝てるとは到底思えなかったというのもあるが。なんにしても、彼らの良心が自分の望む最低限以上であることを祈って彼らに従うことしか選べなかった。
 そのまま歩き続けて、どれくらい経ったかわからない頃になって、空気が変わる感覚を得た。建物の中に入ったとわかったのは、見えないまま歩かされたせいで転がり落ちたからだった。硬い何かに何度もぶつかったから、階段を転げ落ちたのだろうと予想したのだが、無理矢理起き上がらされて押し込められた後で拘束を解かれたことでその予想が正しかったことを知った。
 押し込められたのは、地下に作られたと思われる暗い牢屋の中だった。
 明かり窓もない。あるのは四方を囲む石畳と、目の前にある頑強そうな鉄格子だけだ。作りが甘いのか、所々にある隙間から光が漏れて、それが明かりの代わりになっていて、だから、自分をこの場に連れてきた彼らが去り際に見せた嘲る笑みもはっきりと見ることができた。
 どういう扱いになったのかは、誰かに聞くまでもない。捕まった。それだけだった。
 それから数日が経ったような気がするが、最初にここにぶち込まれた日以来、ここには誰も姿を現していない。食事も、水の提供もないが、その割に体は耐えられていることが不思議ではある。飢餓状態になれば普通は喉が焼けるようになったりとか、空腹感で死にそうになるとかありそうなものだが、そういうものは一切無かった。体力が無くなっていく感覚はあるのだが。
 しかし、ここまでひどい扱いをするのなら、あの場で殺してしまうという選択肢もあっただろうに、どうしてしなかったのだろうか。殺人を忌避するような文化があるのだろうか。疑問は尽きないが、考えてもわかりはしない。
 現状で考えてわかることがあるとすれば、状況的に自分はもう詰んでいるということと、自分がどうして飢餓感に耐えられているのかという理由くらいのものである。
 想像でしかないが、この状況が異世界に居る誰かに呼ばれた、あるいは何かしらの仕組みによって引き込まれたことによって発生していると仮定したとき、その仕組みによる加護とか呼ばれるものが働いていて、そういう感覚を鈍らせているのではないかという想像をしたのだ――ああ、これじゃわかったというか、わかったつもりになっているだけだな。とは言え、戦い続けさせるためには無い方が都合の良い感覚ではあるのだから、この可能性は高そうだ。答え合わせをしてくれる相手が居るわけでもなし、これが答えと思っておいてもいいだろう。
 まぁなんにしても、役に立たない思考である。暇つぶしにもならなかった。思わず口から溜息が漏れる。
 寝て、起きて――それを随分と繰り返しているように思う。昼夜の感覚は既にない。気が付いたときに自分が落ちていたことを知り、その時に周囲が明るいかそうでないかという、それだけの感想しか持てないのだ。いつになったらこの状態は終わるのだろうと思わないでもないが、そろそろ無駄な考えを続けているのも辛くなってきた。
 目を開けていることも億劫だったから、意識が覚醒していようがいまいが目を閉じることが多くなった。次第に考えることも億劫になってきて、思考がゆっくりと閉じていく。
 幸いなことに、きついと感じる部分はない。ただ力が抜けていく感覚があるだけで、痛みも無い。
 死にたくはない。生きていたいと思う理由もそうはないが、死にたいと思う理由もまた無かったから、なんとなくそう考えているだけかもしれない。
 しかし、こうなってしまっては仕方ない。自分にはどうしようもないのだ。終わる。終わる。自分が終わる。それだけが頭の中を占めていて、だけど心は自然とそれを受け入れていた。
 ただ、思うことがあるとすれば。
 こんな状況を作った全てが憎い。それだけだった。

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